革靴の音が反響する洞の中。自身より弥弥大きめな外套を肩にかけ、男は歩みを進める。床に転がる鼠たちは息を潜めて死んだフリを続けた。起き上がれば今度こそ死ぬことを熟知していたからだ。最奥の果てに到着するなり男の小刻みのよい音を止め携帯を取り出し耳へとあてた。
「接触しました。予定通り遂行します」
数度言葉を交わした後、電波を切り男は携帯をしまう。目の前に居る青眼が四つの存在に口元を引きつらせた。
「仕事だ。手筈通りに行えば手前等は自由だ、保障してやる」
其の甘美な響きに頷くふたつ。足音も立てずに消え失せると男は再び携帯を取り出し画面を表示させる。其処には白髪の美しい娘がセーラー服を纏った聖女として映し出されていた。
「再会と行こうじゃねェか―――色葉」
*
「色葉さん。地警から資料が届きましたよ」
『ありがとうございます賢治くん』
「乱歩さん今頃九州ですか、いいですね。お見送り行って来たんですか?」
『はい。不安は残りますが藤花さんも今回はご一緒されるようなので些か安心はします』
「そうですね。じゃあ今日は一緒にお昼食べましょう」
『いいですよ』
賢治から封筒を受け取った色葉は封筒の封を切り中身の書類を取り出した。中には近日中に起きた脅迫事件に使用された爆弾の鑑定結果が記された書類が数枚入っている。1枚ずつ目を通しているとある記述文を見つけ渋い笑みを浮かべた。
其処には「爆弾事件に使用された爆弾と一致」という文言があり、国木田と起てた仮説は思いの外に的中してしまった事を示した。例にない素人を犯罪に引き釣り込み尽力を注ぐ此の手間が掛かる計画を何故行ったのか。其処には色葉を捕えるという確固たる概念は感じられない。何かを探ろうとしている。だが一体何だ人虎である敦の事か或いは狙い続けた色葉の事なのか。色葉は書類を片手に報告書をまとめていると液晶画面にニュースが報道される。内容は昨夜に起きた火事の出来事だったが新たに進展があったようだ。
「 昨晩孤児院が全焼しました。鎮火出来たのは午前5時。室内には孤児院を経営していた職員の他、預けられていた子どもたちを含めて20名もの焼死体が発見されました 」
「酷い話ですね。まだ三歳の子も至って話ですよ」
『ええ…とても、倶い話です』
「処で皆さん居ないですね。ボク復帰したばかりなのでまだ把握できていなくて」
『独歩くんと太宰くん、敦くんは横浜連続失踪事件の担当になりましてお出かけしてます。乱歩さんは九州へ出張です』
「ああ、其れで…佳ければ色葉さん。今晩はうちに泊まってはどうですか?」
『谷崎くん宅にですか?』
「はい。ナオミも是非と云っていたので宜しければ、ですが」
電話が鳴り響き春野達事務要員の人々が手分けして対応する中、谷崎は何処か緊張した面持ちで返答を待つ。片や色葉は報告書類のプリントアウトを終え席を立ち紙を回収し乍ら答えた。
『然う云う事ならお言葉に甘えさせて頂こうかと思います』
「本当ッですか!?あ、夕飯何食べたいですか?ボク作りますよ。帰りは一緒に帰りましょう」
嬉しさが溢れるのか谷崎は右往左往しつつも其の表情は笑顔で咲き乱れていた。色葉は報告書をまとめ芸能事務所の社長宛てに郵送の準備をし始めると春野に声をかけられる。
「あの、色葉さん。先程から電話の要件が芸能事務所からのスカウトばかりで」
『……其れは私宛ですか?』
「はい。其れから悪戯電話なのか引っ切り無しで“彼氏いますか?”など俗物的な質問などを多く寄せられています。中には色葉さんの名前を存じている女性から“先輩此方にいらしたんですね”という郷愁を思わせるようなものまで寄せられている状況です」
『…えっと、此れは一体何が起こって……』
「色葉さーん」
賢治の間伸びした声に振り返る。パソコン画面を指して春野と共に其の画面を覗く。其処には脅迫事件に赴いた際の99人を異能で作り出した色葉のドッペルゲンガー達が何人も画像投稿サイトに投稿されていた。
「此れ色葉さんですか?僕の仲良くしてくださる方から情報を提供して頂いたのですが。此の手の画像が今現在ネットに溢れているみたいですよ」
「まあ色葉さん、此れは男装ですか?可愛らしいです」
『ありがとうございます』
「そんな事云ってる場合じゃないですよ!色葉さん!何でミニスカート何て履いてるんですかッ!危険すぎます!特に太腿が危険ですよ」
「谷崎さん…何云ってるんですか」
画像を検索したのか谷崎は別の意味合いで憤慨し、春野に冷ややかな眼差しを送られる。だが、ネットに自身の写真が流出している件について政府関係者が厳密に取り締まっているはずだが、何故其れが滞っているのか色葉は社長室へと向かおうとした時、社長室が開き中から福沢が登場。思わず懐へと鼻をぶつけてしまい目を瞑る。
「済まない色葉緊急事態だ。政府関係者の対応に追いつかない速度で画像の投稿が多く、今回の流出事態の処理が滞っているそうだ」
「一般の人が今もずっと投稿を続けてネットでは騒ぎになってます」
「どうなってるンだい。下に男連中がわんさかいやがるよ」
与謝野の言葉に社内の皆で窓から下を覗くと多くの野次馬たちが集っている。
「此れ全員色葉さんのファンですか?」
「ファンってこの子の個人情報は厳密保管されているンだろ。何だってこんな事になるンさ」
『すみません。皆さん。ご迷惑をおかけしてしまって』
「謝る事ないですよ。色葉さんは何もしていないじゃないですか」
「其の通りだ、色葉。お前は暫くの間事務所に留まれ。ほとぼりが醒めるまで私の家に避難するんだ」
「では車の手配をしてまいります」
「まるで反乱だね」
与謝野の言葉に色葉はきっかけを見出す。頭の中で点だったものが線を描きはじめ答えに辿り着く其の手前で一本の着信音が響いた。其れは色葉の携帯で通話先を確認すると小雪と記載されていた。福沢に画面を見せ了承を得てから出る。
『小雪姉さん』
{ おはよう色葉ちゃん。いい朝ね }
『…今、お昼ですよ』
{ あらそうなの?あ、そうだ。小春ちゃんから伝言を頼まれてね。頼まれた記憶は消したから安心してって。術後経過も小夏ちゃんと小彩ちゃんが受け持ったけど異常はないそうよ }
『そうですか。いつも乍らありがとうございます』
{ いいの。可愛い妹のためですもの…所で香純君は大丈夫? }
『……はい?』
{ 今日。眼が覚めたら無意識に異能を発動していたみたいで、解読出来た記述に香純君の事が記載されていたからまた誘拐の類かしら、と思って }
小雪の発言に息を止める色葉の様子に周囲は一体何が起こっているのか、空気を張り詰めさせる。其処へ堆石を水面に落石させる音が酷く鼓膜に張り付いた。
「色葉さん!!」
「東雲様?!」
谷崎が驚いた声を上げるが東雲桜江が泣きつく様に色葉へ飛びつき懇願する。
「お願いよ色葉さん…香純をっ!わたしの息子を助けてェ!助けて、ください……!」
『解りました。大丈夫です必ず助けます』
手を取り色葉は安心させるための笑みを浮かべて桜江をソファーへと誘導し座らせた。
谷崎がメモを持ってやってくると事情を詳しく聞きだす。
「今日の7時頃、学校へ行く途中の送迎車に乗っていた香純君の車が何者かの襲撃に遭い。運転手は蟀谷に一発撃たれて即死。後部座席に乗っていた香純君は忽然と姿を消し、彼の通学鞄が車の下に落ちていたと……要求などはされましたか?」
「い、いえ…其れが30分後に手紙を送るから其処に記載されているURLにアクセスしろとだけ……手紙を頂いて」
『其の手紙を見せて頂けますか?』
桜江はハンドバックから手紙を取り出し色葉へ差し出す。白い封筒で裏も表にも目をやるが記載はなくまっさらだ。透かして見ても異変はなく封筒の中身を取り出し折りたたまれた又白い紙を開く。折り目の線の部分に桜江が説明した通りの言葉が記載されていた。
『此れは探偵社に対する脅迫ですね』
「え…其れはどういう意味です、か?」
「えっと。東雲様電話で済ませられるのに其れをせずに敢えて手紙にした犯人の理由は諸説語れる部分はありますが東雲様が頼る場所を知っていたという事です。だから電話という個人だけが聴けてましてや録音が出来る現状でもないあなたの様子を把握し、手紙という形として残るものにしあなたを此処へ導いた」
「そして捕まらないとふんぞり返ってるンだ。大した度胸だよまったく」
「ひとまずは此処へ届く手紙を待ってみましょう」
与謝野が谷崎の隣へ腰掛け、パソコンを持って賢治がやってくる。桜江にしがみつかれる色葉は彼女の背を撫でながら隣に腰掛け宣告を待った。
確かに30分後手紙は郵便配達員から受領した。今度の封筒には宛先が書かれており探偵社を指定している。消印は昨日で時間指定されていた。中身から紙を取り出し記載されているURLにアクセスすると動画になっており、再生すれば香純の他に和装の少女と金髪とオレンジ色の髪をした少年たちで歳は12〜15歳程度の子供たちが四人、縄で手足を縛られ睡っていた。
「あ、あの金髪の子!手紙を、あの子から手紙を受け取ったの。知らない人から渡す様に頼まれてと、云っていたわ」
「ではその子も犯人の顔を破ったから捕まえたのかもしれませんね」
音声は遮断されているのか声は拾えないが犯人の声は良く透っていた。
「 子どもたちは預かった。返して欲しくば100万用意して探偵社の職員に持って越させろ。場所は得意の推理でもして見つけ出すんだな。引渡時間は子の刻 」
動画は其処で終わりを告げた。犯人の声は聴こえたが犯人の姿は映し出されぬ儘手掛かりは薄暗すぎて何も視えず只声の反響工合が異様に透っていた事だけ。渋い顔をする探偵社各位だが、色葉は立ち上がりショルダーを肩からかけた。
『行ってきます社長』
「ああ」
『春野さん。東雲様をお願いします』
「は、はい」
颯爽と出て行く彼女の背に呆気に取られていた谷崎だが与謝野に「補佐しに行きな」と背中を押され慌てて駆け出した。
「いいのですか、社長。今色葉さんを外に出すのは特務異能課が赦しません」
「色葉にとって少年は大切な人だ。行かせてやれ」
突然の誘拐事件がはじまりました。オリジナル回です。太宰さん、乱歩さん、敦くんは出ないかな。代わりにポートマフィアの人達が出るかもしれない。宜しくお願いします。