事件は午前7時頃、学校の通学路を普段通り送迎車に乗りながら通学している最中に起きた。十字路で停車していた車のフロント窓をノックする人物がいて、運転手が窓を開け数分の間を用いた後銃声が閑散とした住宅内に満ちて行く。近所の人々が窓から覗くと銀色の軽自動車が、車が停車している位置から反対方向に発進する姿を目撃した。様子が気になり停車している車へ近づくと運転席ではハンドルに寄りかかるように血を流して倒れている運転手を発見。驚愕した評しに蹴躓いて地面に尻餅を付き後部座席の扉が若干開いている事が解り中を覗くと通学鞄が落ちていた。
遺体を確認した所、運転手の蟀谷には銃口を押し付けられた火傷の痕が残っているため真横から射殺された事が推測される。飛沫血痕は助手席のシートまで伸びていた。弾丸は助手席側の窓を突き抜けて路上にある塀まで貫通していた。市警から情報を聞き出しノートに纏めていると着信が鳴るので片耳に添えて通話をはじめる。
{ ルートを確認しましたが、毎朝香純君の送迎車は決まったルートを使って走行するそうです }
『其れは狙い易いですね』
{ あの、色葉さん。どうやってあの群がりを鎮圧したんですか?ボクが降りた頃には人ひとりも居なかったンですけど }
『特には…近所迷惑ですよ、と注意しただけです』
{ 其の割には…壁に亀裂があったような… }
『……ふふ』
谷崎くんは受話器越しに凍てついているようだ。市警の方に動きがあり口早に通話を終わらせる。
『谷崎くんは引き続き聴取をお願いします。私は少し考えてみます』
{ あ、ちょっと色葉さん!一緒にこうどうッ }
谷崎くんの言葉を遮り通話を遮断。周囲へ目を配らせ建物や住宅地の位置を確認しながら市警の集う場所まで行くと気づいた方から口添えに教えてもらう。
「字さん。先程の銃弾の購入ルートを探ってみたのですが此れは武器密売組織から強奪された物で其処から先の所有者まで辿ることが出来ませんでした。前々から其の組織には目をつけて張り込んでいた刑事から連絡が来たのですが、既に組織は壊滅状態。元々ポートマフィアの傘下だった組織のようです」
『然うですか…提供ありがとうございます』
「いえ。又新たに情報が入りましたらご連絡いたします」
『お願いします』
刑事が捜査に戻るのを見送り、私は一人車の周囲をぐるりと回った。腰を屈ませる事なく車内を覗き込むと運転席側の窓は三センチ程残して開けられており、助手席は銃弾により割られている。後部座席の窓も確認したが左右共閉じられていた。確かに誰かに声をかけられない限りフロント窓を開ける事はない。運転手に声を掛けたことは頷ける。車鍵の差し込み口へ目をやるとボタンの様な物が備え付けられていた。手袋を貰っていたため装着してから其のボタンを押すと数分後無線機の様な物から警備会社の人から「どうされました?」と声が聞こえた。私の携帯にも着信があり与謝野先生から「東雲様が想到したんだがアンタ緊急連絡通知を押したろ」と云われてしまった。成程、此のボタンは誘拐や拉致事件等の時に周囲に知らせるための装置なのか、と納得し『すみません。好奇心で』と謝ってから通話を切った。却説、第一発見者の発言によると銃声が聴こえた瞬間窓を覗いた時には銀色の軽自動車が停車している此の黒の車とは反対方向へ走り去る様子を観たとなるが…数えて1、2分後には窓から外の様子を覗いた事になる。2階の自室の窓から覗いた事を思い出し同じ角度まで移動し確かめる。確かに此の角度なら高さがあると想定しても車が走り去る方向まで見える事は間違いない。然し問題は銃声がしてから物の数分でどうやって香純くんを軽自動車に乗せたのだろう。運転手が目の前で射殺されては連れ出そうとする相手に抵抗するはず。其れとも抵抗する相手ではなかったとか?親しい間柄だとしても殺人犯の云う事を素直に訊くとは思えない。銃声が鳴る前に連れ出したとしても同じこと。香純くんは誘拐に慣れているから抵抗も一筋縄でいかないため時間がかかり、揉めている声が聞こえれば住人が様子を見ることになる。なら、犯人はどうやって香純くんを誘拐したのだろう。運転手は緊急装置があるのに何故其れを押さなかったのか。そして何故運転手を殺害したのか。計画的な犯行なのは香純くんのお母さまが来た時点で判っていた。という事は運転手を殺害する事も計画の内の一つだったのだろうか。普段の誘拐とは違うのは身代金額の適当差で頷ける。かと入って命を奪おうとしているかと問われれば多分其れも低い。戦況が変われば殺す事も厭わないとは思うが、今は未だ殺す事はしないだろう。香純くんの誘拐が身代金目的ではないとしたら政界への圧力?いや、動画に映った少年少女の身柄も調べたが他の三人は皆孤児だった。なら何故孤児の中で唯一名門家の東雲家の嫡男を敢えて拐ったのか……目的が私だったとしても他の三人は犠牲者とでも云うのか?何のためにこんな大掛かりな事を仕掛けなければならない。私を誘き寄せるだけなら香純くんだけで十分のはず。其れに使用され拳銃が密売組織から強奪されたもので、然も其の組織はポートマフィアの傘下に属するもの……完全に標的は私だ。敦君ではない。
頭を抱える。犯人を特定しない限りは監禁されている場所など割り出せないから現場まで赴いたが謎は深まるばかりで一向に説けない。私は乱歩さんの様に優秀な頭脳を持ち合わせてない唯の凡人。全くのお手上げ状態だった。
一旦此処から離れようと現場から出てノートと睨めっこをしていると前方からやって来た人とぶつかってしまう。避けたつもりだったがどうやら相手も同じ方へ避けてしまったようだ。後ろへ傾く躯は地面にぶつかる前に後ろからやってきた人の胸に倒れ込む。
「おっと。相変わらずぽやっとしてんな手前」
聞き覚えのある懐かしい声に視線を上へ向けると其処にはお洒落な帽子を被った男、中原中也くんが私の傾く躯を支えていた。
『中也くん。お久しぶりです』
「ああ、元気そうだな色葉。こんな所で何やってんだ?散歩か?」
『其の様なものです。中也くんこそお仕事忙しかったのですか?見掛けなかったので』
「まあ、西方の小競り合いを収拾して昨日戻って来たばかりだ…ってオラ通行の邪魔だから動くぞ」
腰に腕を回され掴まれると中也くんと共に口を挟む前に此の場から遠ざかった。
*
何処かの喫茶店に入り会話に花を彩った。太宰経由で知り合った中原中也と色葉は多分中継役を担った太宰より互いに良好な関係を築いている。珈琲カップの取っ手に指を引っかけ喉を潤し乍ら中也は楽しそうに今まで解決した事件の話や他愛のない日常的な話に至るまでを語る色葉の姿に見惚れていた。其れも其のはず、太宰経由とは云っても出会いは太宰抜きでの話。純粋なお嬢様のような雰囲気を醸し出す色葉の様な娘に元来不良や素行の悪いものは惹かれてしまう定め。真面目も合わせれば無敵である。否が応でも好意は募る一方。因みにきっかけは「中也くんの方が呼びやすいです」の微笑みから始った受難の道でした。
「んで、手前はどうしてあんな血生臭い場所に居たんだ?仕事か」
『はい。男の子が誘拐に遭いまして…彼の居場所を探ろうと現場に赴いたのですが益々解らなくなってしまって』
「そーいう事かよ…じゃあ俺に話してみろよ。あまり得意じゃねえが一緒に考えてやる」
中也の言葉に色葉は柔らかく微笑んだ。
「ほぉ…確かに其の組織の名は訊いた事がある。昨日小耳に挟んだ程度だが近々うちで手を下す処だったが先に殺られたのか」
『あの、中也くん。不躾な事を訊きますが関わっていませんよね?』
「ああ?俺が餓鬼を拐って何になるンだよ。腹の足しにもなりゃしねえ。幹部は餓鬼の御守なんざしてる暇ねぇよ…俺らを疑ってんのか色葉」
『とても鮮やかな運びだったので…申し訳ございません、中也くんは協力してくださっているのに』
「べ、別にしょーがねぇよ。手前にとって其の餓鬼は特別なンだろ。所で一ついいか?」
『はい、何でしょう』
「何で此の餓鬼の親は手前の息子が誘拐された事がわかったんだ?」
『いいえ。其れは男の子から手紙を頂いて其の文面を見て誘拐されたと…思って』
「市警に聞かされていたとか?」
『いえ、あの方はうちの御得意様で…誘拐が起こると直ぐに事務所に来訪されるので…市警の連絡があったとしても多分其れより此方に出向く方が早かったと思います』
「じゃあなンで現場に居合わせたみてぇに詳しい説明が出来たンだろうな」
『あ、ありがとうございます中也くん!あ、ちょっと席外してもいいですか?』
「構わねぇよ」
色葉の携帯が着信を捉え席を立ちあがり電話に出る。其の後ろ姿へ視線を注ぐ中也の瞳は波紋し、周囲の男の視線に目を配り睨みを利かせながら其の華奢な背中に甘い息を漏らした。
「嗚呼――可愛い女」
はい、中也さんの登場でした。おっしゃ!友人がね舞台に連れて行ってくれたときにね「中也出番少ない」って言っていたので何となく設けてしまった。おほほほほほ!!今頃太宰さんはくしゃみしてる。