弥弥あって拐かす-壱






その日はとても美しい月光の光が降り注がれていた。そんな月下の基、端末機を耳に押し当て私は乱歩さんの苦言を聴いていた。

{ 遅い!お腹減った!!何処ほつき歩いているの。こーーんな時間まで僕を待たせるなんてッ! }
『ごめんなさい。お仕事の打ち合わせが長引いてしまいまして…只今お購い物をして向かっていますので』
{ 今日のメニューは? }
『パスタにしようかと』
{ 高襟だね!なんのパスタにするの?僕はクリヰムがいいな }
『予想が的中してよかったです。もう暫くお待ちして頂けますか?』
{ 仕方ないな〜そんなに頼まれたら待ってあげなくもないよ。うんうん。僕って優しいよね }

乱歩さんの機嫌が直ったことを察知し数度言葉を交わしてから通話を遮断した。
夜空を見上げると宵が深まっていることを告げられる。弥弥足早に住宅街の道を歩ていると自身の髪色と似ている少年とすれ違う。横目だけで其の少年を追う。見窄らしい井出立ちをしている少年の足取りは何処か覚束ない。外灯の仄かな灯りが周囲を照らすも完全に振り返る前には少年の姿は闇夜に紛れてしまった。
肩にかけたトートバックを持ち直し先を急いだ。家に帰ったらお腹を空かせた大人子供が待っている。再び意識を戻した途端、背後から悲鳴が響き渡った。女性の甲高い声に立ち止まり振り返るとカーブミラーに目がいく。其こには巨躯な白黒の猫が闇夜に目を光らせ鎮座していた。毛並みが整っていて触り心地の良さそうな彼の猫の姿を頸を巡らせ探すが現実世界には存在していないのか見当たらない。頸を傾げ謎解きを開始させようと巡る脳内に突如として先程の少年が右往左往しながら眼前に飛び込む。真っ青な其の顔色の悪さに私は今度こそ彼の手を掴み引いて駆けだした。
 住宅街に人だかりができたがそこから距離をとった閑静な公園まで来ると息を切らして膝をついた少年。少年の腕を放し同様にしゃがみ込む。

『大丈夫ですか?』
「っは、はぁい?」
『お加減が宜しくないようでしたので。僭越乍がら奪取してしまいました。余計なお世話を焼いてしまって申し訳ございません』
「い、いえ!そんな!寧ろ…助かりました。ありがとうございます」

少年は両手呑み為らず頸も左右に振り、感謝の言葉を口から溢した。其んな心優しき少年に胸を撫で下ろしトートバックから入手したリンゴジュースの紙パックを取り出し差し出した。頸を傾げる少年に向かって自身の喉元を指し笑むと少年は感極まったのか涙を流し乍がら両手で其れを受け取った。
ふたり並んで設置されている長椅子に腰かけストローから果汁を絞り出しつつ少年は一息ついた。

「何から何まで本当にありがとうございます」
『お気に為さらずで構いませんよ。宜しければお昼に購って余ってしまったパンも食べますか?』
「いいんですかッ?!」

両手で手を包まれてしまい少年の勢いに気圧されてしまう。再びトートバックからお菓子パンを数種類取り出し少年に手渡す。すると少年は飢餓寸前だったのか勢いよく食いついた。余程の事情が或るのかと察し詳細は訊かずに立ち上がった。

『ごめんなさい。家で待っている方がおりますので最後までお付き合いできなく』
「いえ!とんでもないです!食べ物を恵んで頂けただけで僕は嬉しかったです。本当にありがとうございました」

健気な少年の姿に心打たれるものは有り、私は少年の手を両手で取り握る。少々冷たい其の甲を撫で乍がら。

『あなたに神様のご加護がありますように』

気休めの言葉しか出ない自身の不甲斐なさと来たら、頭の痛い話。正義とは必ずしも善良な市民を凡て救済することは不可能なのかもしれませんね。
其の言葉に少年は夜空を仰ぐだがその次の瞬間少年は突然事切れ、青白い光と放ち乍がら月下に巨躯の白黒猫の姿が顕現した。
数度瞼を上げ下げした後、私は威嚇をするその肉食獣溢れるばかりの猫に両手を広げる。

『おいでくださいませ!』

弥弥、年甲斐もなく。興奮を隠しきれない弾んだ声で煌く瞳を止められず助走をつけて飛び込んでくる猫を受け止めた……ではなく。頭から其の大きな口で食べられてしまいました。
ガブガブと鋭利な牙が躯に食い込む所為で血潮が多少飛んでしまう。偶然通りかかった通行人の女性がその光景を目にした瞬間。再度悲鳴が轟いた。口内に居る所為でくぐもって聞こえる反響音に頸を傾げつつ自由な腕を動かし、猫の頬に該当する部分を撫でた。

『大丈夫ですよ。私はあなたに危害を加えません。お約束します』

喉がゴロゴロと鳴っている音を大音量で聞きながら暫くの間、撫で続けた。すると猫は甘噛みを止めたのか私の視界には再び闇夜と遊具、そして月光が映し出された。少しだけ血が混ざっているが頭から腰までは猫の唾液で濡れている。顔だけをハンカチヰフで拭い周囲へ頸を巡らせると今回は人だかりは無く。悲鳴を上げた女性は夢の世界へ旅立っていた。
正面へ顔を向ける。猫は静かに其の場に佇み何かを待っているようで、其の姿がとても愛らしいと感じた私は再び両手を広げて猫の顔に抱きついた。

『いい子ですね』

喉を鳴らし躯に擦り寄ってくる猫を暫く撫でて甘やかす。すると待たせていた人物が浮かんだ。甘えん坊な猫と比例してみえる彼の存在に焦燥は隠しきれない。

『ごめんなさい。そろそろ帰らなくては…あ、でもあなたを連れて行くには規格外になってしま…あ、どうしましょう』

慌てる私に猫はその場に座り込み瞳を閉じた。その意図に頬が柔らかくなってしまう。自身が羽織っている外套を脱ぎ猫へかけてあげるが此れでは面積はとてもじゃないが足りない。其れでも無いよりは。

『またあなたに逢いたいです。其れまでどうかお元気で』

名残惜しくも猫をひと撫でしてから荷物を肩にかけ直し私は背を向けて駆けだした。今、振り返ってしまってはきっと気持ちが揺らいでしまうと思ったから。泣く泣く自宅まで足を止めずに走り続け玄関を開けると中から幼げな容姿をする乱歩さんが頬を膨らませ腰に手を置いて仁王立ちしていた。

「遅い!あれから何時間経過してると思ってるの二時間だよッ……血だらけじゃないか、どうしたの其れ」

憤慨した様子を顕わにしていたが、所々出血し、服を血染め。挙句の果てに上半身は濡れて目から液体が流れている様を眼に映し込んだ瞬間。乱歩さんはたちまち表情を強ばらせた。手を伸ばされたので其の手を握りしめる。

『乱歩さん……猫ちゃんは正義です』
「理解出来ないけど痛くて泣いている訳じゃないんだね」

息をつく乱歩さん。手を離すよう促され離すと頬を撫でられる。目尻に沿って親指が拭うよう働き始めた。弁明をすることを忘れていた。

『此れは涙ではなく唾液です』
「取り敢えずお風呂沸いてるから入ってきなよ。汚いし臭い」

唾液と発音した瞬間、乱歩さんは私から手を退かし数歩後退した。其して汚物を洗い流したい一心で居間へと引っ込んでしまった。玄関に取り残された私は靴を脱ぎ、其のまま脱衣所へ入室した。

―――またあの猫さんにお逢いしたいです

躯を洗い流しながら願いを込めて星へと祈った。

「ちゃんと三回洗ってね。其して僕のご飯も早く作って」

脱衣所には乱歩さんが手を洗いながら私に呼びかけた。


掌返す乱歩さんって素敵だよね、わかるぅ〜〜。猫科は愛せる自信ある、わかるぅ〜〜。




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