本日も是永く変わらない日々を過ごす。
乱歩さんと共に出社し、挨拶を交わしてから座席につく。パソコンを起動させ溜まった書類作成と整理に明け暮れる。数分後席を外していた独歩くんが戻り、乱歩さんの姿を見つけるとすぐさま自席へと振り返った。
「色葉。商談の件頼んで済まなかった」
『いいんですよ。独歩くんはお忙しいですから気になさらないでくださいな』
「悪いな…それで契約書は回収できたか?」
『はい。只今書類と共にまとめますのでお時間をくださいませ』
「構わん。それからこの書類の作成も頼んでいいか。今日中に使用するんでな」
『お任せください』
「……はあ。お前は本当に……」
仕事の話をしている最中に独歩くんは天井を仰ぎ眼鏡を退けて、目頭を抑えていた。眼精疲労が溜まって辛いのかと思い鞄からホツトアイマスクを取り出して独歩くんに手渡すと今度は床にしゃがみ込んでしまった。
私では対処不可能です。其う悟ったとき探偵社の扉が盛大に開閉する。
中から飛び出して来たのは、首、手首、至る所から包帯を覗かせ。其の端整な顔立ちで「おっはよー!」と機嫌佳く現れた彼、太宰くんは颯爽と朝日を浴びながら私の元へ来るなり両手をとられる。
「おはよう色葉ちゃん。今日も君に逢えたことを記念して元気に自殺してくるよ」
『おはようございます、太宰くん。自殺はお仕事を終わらせてからにしてくださいね』
「止めて。ちょっとでもいいから止めて。止めても辞めないけど止めてくれると太宰くん今日もお仕事頑張っちゃうんだけどなぁ〜」
『お別れは淋しいので延長でお願いします』
「うん。カラオケの一時間延長を頼まれた気分だけど。それでも可愛いから赦しちゃう。あ、そうだ!色葉ちゃんと今日はお仕事一緒にしたいな〜いいよね?ね?」
『今日は事務仕事の処理を仰せつかっているので難しいかと』
「いいよ、それ。国木田君がやるから。大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫だっ!何も大丈夫な要素など無いぞ太宰!大体貴様の所為で彼女の仕事が増えている事を知らぬとは云わせんぞ!」
復活した独歩くんは太宰くんの胸倉を掴み揺らしている。その間に私は給湯室へと向かいお茶の準備を始めた。時間帯的には頃合い。
「国木田君こそ仕事に私情を挟むのは良くないんじゃないかな」
「なっ、何を莫迦なことを」
「だって〜自分で報告書くらい作れるのに彼女に頼むなんて可笑しな話じゃないか」
「べっべっ別に他意はない!其れを云うならお前の方が理由も無く誘うわで迷惑だ!」
「そんなの国木田君には関わりがないじゃないか。其れとも彼女が其んな非道な言葉を口にしたのかい?」
「あいつの代わりに伝えたんだ!」
「毎度の事乍がら騒がしいねぇ」
観かねた与謝野先生が呟くとお茶を淹れてきた私は先生の前に差し出した。瞳が合い笑むと与謝野先生は驚いた顔をする。
「アンタ。怪我してるじゃないか」
『……太宰くん』
ゆったりとした動作で振り向くと依然胸倉を掴まれたままの太宰くんがニヒルに嗤った。
「駄目だよ色葉ちゃん。御化粧は嗜み何だからしっかりと加工しなきゃ」
「だから云ったじゃない。太宰を近づけると露見されるよって」
乱歩さんが私の持つお盆の上から湯呑みを一つ取り含む。“異能”で隠蔽した傷が明るみになってしまった私は苦笑するしかない。服で誤魔化せない腕や頸には太宰くんのように包帯が隙間なく肌色を埋め尽くし。頬にはガーゼ。側頭部にも一重する白き布が目立ってしょうがなかった。
与謝野先生は立ち上がり頬へと手を伸ばす。工合を測っているのだろう。大人しく彼女の診察を受けていると谷崎くんが椅子を持ってきてくれてそこへ座る様に促される。
「“また”巻き込まれたンですか?」
『いいえ。此れは愛ある仕打ちです』
「愛?其れよかなンだいこの包帯の巻き方は。緩すぎて患部が筒抜けじゃないか」
『与謝野先生。頭部のは此れで大丈夫です』
先生が伸ばした手から背を逸らし首を左右に振った。与謝野先生は視線をお茶に喉を詰まらせた乱歩さんへ向けると「解ったよ」と承諾し。他の傷口の処置を施して頂く事となる。
「外傷から診ると何かに噛まれた感じですかね?」
『谷崎くん鋭いです。昨日大きな猫さんにお逢いしまして、甘噛みされてきました』
「……大きな猫?」
「どンな大きな猫だい其れは。牙の痕が在るね」
『白黒のシマシマ御猫様です』
陶酔する態度に与謝野先生がきつめに包帯を縛った。谷崎くんは「野良猫風情が色葉さんの肌に痕をつけやがって」と仄暗い水底の瞳を揺らし、妹のナオミちゃんは一部始終を聴いてから「報復は三倍返しですわ」とキーボードがカタカタと忙しなく鳴っていた。兄妹仲が宜しくて大変喜ばしいです。という眼差しで笑む私を余所に社長室へ通ずる扉が盛大に開閉した。
「お仕事ですよ。国木田さんと太宰さんは軍警からの依頼で猛獣退治をお願いします。乱歩さんは僕と一緒に警察から依頼された殺人現場に行きますよ。準備お願いします。谷崎さんと色葉さんは進行中の調査の聴取をお願いしますって社長からの言伝ですよ」
賢治くんが無邪気に笑み、皆に告げると太宰くんは再び小言を漏らし。乱歩さんは事件と聞いてご機嫌だ。与謝野先生は医務室でカルテ整理と事務処理を行うために席を外す。治療を終えた私は椅子から立ち上がり鞄を取りに自席に向かう。そこへ社長室から出てきた社長が私の傍へとやって来た。
「色葉。お前が遭遇したその猫は軍警が依頼した猛獣の類だ」
其の言葉に一斉に視線が注がれる。昨夜の猫を思い出しながら唸った。とてもじゃないがあの猫は軍警が危機として非難する程の悪鬼には見受けられなかった。
『猛獣……でも可愛くて良い子でしたよ?』
「猫と虎では区別が違う」
『虎は猫科です』
猫は猫なのだ。と述べると周囲の人間が私を囲い「危機感がない!」「猛獣に噛まれた痕かい!」「危ないからやめてください!」「危険ですわ!」「やっぱり虎だったか」「ふふ、可愛いな色葉ちゃんわ」と矢継ぎ早に云われてしまい何方のに返せばいいのか悩み、考え、笑みを浮かべた。
其んな私の頭を社長は溜息を溢してから撫でてくる。其の温かくて大きな無骨な手に懐かしい思い出が蘇り、矢張り私は笑みを深めてしまうのだ。すると再び皆さんに注意を受けてしまうのでした。
『独歩くん。猫さんを虐めないでくださいね』
「いや虎だ。それに退治の依頼を受けた以上何らかの処罰を与えねばならない」
『猫さん。とってもいい子でした。可哀想です。独歩くんは無闇にいたいけな動物を虐めないですよね?独歩くんはとても優しい方ですからそんな非道な事はしないですよね?』
「うっ……」
「色葉に迫られたら落ちるね国木田は」
「狡いよねー国木田君はいつもそういう風に贔屓されるから。でも安心し給え色葉ちゃん。私が君のために首に縄掛けて連れて来てあげるよ」
『太宰くん。無理矢理はいけませんよ』
「私の事はお見通しな其の千里眼!ああー色葉ちゃんの慈愛で私は今にも心臓が破裂して死にそうだよ」
『其れはいけません。独歩くんのお仕事が大変になってしまいます。太宰くん。今日一日だけ頑張ってくださいな』
「色葉さんは本当にいい人だ」
「お兄様も頑張ってくださいませね」
「色葉ははっきり伝えても理解出来る子じゃないから大変だと思うのに皆善くやるよね」
「乱歩さんって天の邪鬼ですよね」
「皆、仕事に戻れ」
社長の掛け声で今度こそ武装探偵社の社員は本日の業務に取り組みに奔走した。
誰がどの台詞を言っているか解った方は異能力「超推理」の遣い手ですね。よっ名探偵。