闇夜に鴉、雪に鷺-陸






“生意気利いても許される” そうかな?本当は――――



甲板の上、敦、鏡花、芥川は其処にいた。
誰もが不意に考えてしまう。嗚呼この場に居る者たちは皆、たったひとりの優しさに触れている。孤独の心を融かす様に、その人が注ぐ涙が零れてしまうような、そんな些細な優しさを微温湯だと虚仮にしても構わぬようなそんな、脆くて儚い揺り籠を知っている。

若しも―――此処にあの人が居たらどんな結末を望んでいただろうか。胸を焦がし瑕をつけ最後は笑って抱きしめてくれるだろうか。

少女は思う。触れた優しさ、生きてもいいと生きる選択をくれた人。非情な世界で稀有な優しさ。彼女に申し訳ないけれどそれでもきっと彼女は「それがあなたが選んだ道ならば」と云って褒めてくれるだろうか。ああ、願わくば……抱きしめて一緒にまた眠りたかった。

虎の少年は思う。今更になって虎化の記憶が薄っすらと甦る。まるで走馬燈の様に、虎の姿に怯えもせず彼女は少年を抱きしめた。何度も何度も消えそうになったその灯を両手で包んで灯してくれたあの手の温もりを「大丈夫。絶対に大丈夫だよ」と支えてくれた彼女の言葉に誓うならば、少女を助けて此処を飛び立つ。己が出来る最低限の最大級の望み。若し叶えたらその時はまた握手をしてください。

黒衣の少年は思う。取り残されたあの朧月の出来事。たった数時間の邂逅だったとしてもそれは宵待草の如く。大切な思い出。大事に梱包して開けることは少ないだろうその記憶を胸に、少年は渇望する。きっと彼女がこの場にいたのなら苦笑いをして窘めてくるだろう「優しい人なのに」と買い被る彼女の言葉に、眼を閉じ耳を塞ぐ。諸刃の剣にはなりとうない。鋭利な白刃で切り裂きたいのだと……願わくば、帰還した時も未だ貴女が其処に居てくれたらそれでいい。

だが、船は傾き彼らは決する。どちらがどうなるかは、神のみぞ知る銀幕―――。







『中也。すまぬな。もうここで佳い』

ポートマフィアの拠点から離れた海岸沿い。人通りの少ない道を歩いて来た中也は其の言葉に足を止めた。海が視たいと我儘を申した幼女の要望通り潮風が吹き抜ける海岸沿いを抱っこをし乍ら歩いた中也。視線の先には黒塗りの如何にもな車が停車している。運転席から一人出てくるとどうやら迎えは一人だけのようだった。

「……あいつは手前の迎えか?」
『そうじゃ……全く揃いも揃って厄日じゃの』

悪態をつきつつも中也は抱えたまま車へ近づき、運転手の男に手渡した。幼女は運転手の男の腕に抱きかかえられ、中也へ一言背を向けたまま述べた。

『ありがとう中也くん。それから―――ごめんなさい』

其の台詞に中也は鼻で笑って身を翻した。

「謝るんじゃねえよ色葉」

去り行く中也の背中を見送ってから助手席に乗せシートベルトを装着させる。確認をしてから運転席側へ回り、彼もまた乗り込み、走行が始まった。

「基に戻ったのですか色葉さん」
『一瞬だけじゃ。どうしても伝えたいと云ったからの…にしてもまさかお主が来るとは思わなかったぞ。内務省異能特務課参事官補佐殿。普段の護衛はどうしたんじゃ?』
「プライベートまでは着いて来ませんよ」
『休日だと云うのに幼子の送り迎えとは相当暇のようじゃな主。可愛い娘もいないのか』
「ええ、残念ながら……可愛い女の子なら隣にいますが。所でその服どうしたのです?」
『幼児化したら服まで共に、等と小説ではあるまいに無理な話じゃ。借りたのじゃ。悩殺もんじゃぞ何せ襟衣だけじゃ着ているの』
「………罪状を増やします」
『仕事人間じゃな。頼む』
「何時戻りますか」
『探偵社に帰り帰宅した後』
「……私が隣に居る時は何時も隠れますね色葉さん」
『主は直接手を下した訳でなくとも複雑なんじゃ。恨みというよりはどう接していいのかわからんという戸惑いだ』
「相変わらず色葉さんは優しいのですね。慈愛に満ち過ぎて僕には眩しいですよ」
『……ふむ。主は辞めておけ。自殺愛好家に後ろから刺される』
「其れは怖いですね……教会での異能力者は如何でしたか」
『鍛えれば遣える程度じゃ。精神系故に色葉には扱いが難しい。ちと手間取りそうじゃ』
「鼓膜を破壊し脳死判定…それ以外に遣えると?」
『ああ。如何様にも昇華出来る代物じゃ、仮令精神に働きかけられる、とかの』
「成程……矢張り少しだけ色葉さんと話をさせてくれませんか?」
『……まあ良い。無事に届けてくれたからの』

車は停車した。窓から見上げた建物は彼女の帰るべき場所だ。瞼を閉じて息を吐き出すと同時に幼女の瞳は紅玉に揺らめいた。

「お久しぶりですね色葉さん」
『……ええ、安吾さん。お元気そうで何よりです』
「…姿は幼子の儘なのですね」
『…すみません。私にはあなたと向き合う事の方が難しいのです。だってほら……抑えていないと今すぐあなたを殺してしまいそうですもの』
「でも、あなたはしない。申し訳ございません」
『謝らないでください…私はいりません。初音さんも満腹ですよ』
「云いすぎましたか」

幼子のまま色葉は安吾に柔らかな笑みを浮かべてみせた。その微笑みは昔見た学生服を纏った当時と同じ笑みだったので、安吾は目頭を抑え苦悩する。

『安吾さん。私は特務異能課に所属する心算はありません。何時までも探偵社の人間として事に準じます。ですから…もうお花は結構ですよ』

幼女の姿で車の扉を開けて素足の儘アスファルトを駆けだす。次に振り返った時にはあの幼女が顔をのぞかせた。

『またの、安吾』







探偵社の扉を精一杯の力で押し入るとガリバー旅行記の気分だった。幼女はペタペタと素足で床を闊歩しつつ社長室への扉を力を込めて押し出す。すると簡単に開き床にペタリと躰を寝かせる。すると起き上がり前に誰かの手に寄って躰を持ち上げられ眼前に映り込むのは仏頂面の福沢だった。

「戻ったか」
『ぱぱ!』

小さな手を広げて顔にぺたりと張り付く幼女の大きな声に、社内の視線が一身に集まる。全員が「ぱぱ」という発言に動きを静止させていた。だが一人だけ事情を知る者は一目散に傍まで駆け寄り幼女を腕の中に納める。

「色葉、おかえり!」
『らんぽ!あいたかった!』

頬に唇をつけてちゅっと歓迎する幼女に対して「くすぐったいな」と述べる乱歩。その様子に二度目の制止警告が発令された。

「色葉。其の格好はなんだ」
『着替えがなく…襟衣だけ借りたの…でも下着ないないの』
「……今から其処に直れ。説法をする」
「まあまあいいじゃない社長。仕方ないよ、随分と大変な事になっていたみたいだし。今日は疲れたでしょ?帰って寝よう」
『うん!らんぽと寝る!寝たい!……ふわぁ』

こしこしと長い袖で目を掻くが、傍から見ると顔を擦っているようにしか見えぬ。誰も口に挟めずに乱歩が幼女を抱っこしたまま帰宅するのを見送るまで誰一人として言葉を発言するものはいなかった。

「おかえり…色葉」
『……ただいま乱歩さん』

頸に腕を回して大きな瞳に零れる滴を溜めて、幼女は笑う。どうして幼女の姿をしているのか、きっと誰もが口にするだろう。それに対して“生意気利いても許される”ときっと答える。だが本当は………。







「時間だ。島国の田舎マフィアめ。約束の時間も守れないとはとんだはんちくだな!聞こえたか?懸賞金作戦は失敗。どうしたものか」
「どうぞお好きに。わたくし達の手袋を汚す程の相手ではありませんもの」
「全て予想の通りです。いずれにしてもぼくたちは勝手にやらせてもらいますよ。神と悪霊の右手が示す通りに」
「ち……協調性のない貧乏人どもめ。まあいい。二番手が利益に与れる道理はなにもない。“約定の地”と“ヘル”は我ら《組合(ギルド)》が必ず頂く」




End of Act 1……Next time on the curtain!


此処で聖女編は終了です。とんとん拍子に進みましたが、私がもう一度彼らの勇士を書くのは些か違う気がしたのであえて割愛させて頂きました。二幕というより次は幕間ですね、私からしたら。取り敢えず夜咄を楽しみましょう。二幕目からは本当に定期的更新にしますので毎日ではなくなります。宜しくお願いします。[2018.3.10…fin.]





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