聖人に夢無し-後編






一通の手紙が届いた、それは狂乱の宴への招待状



煙のでないシュガレットを咥えた儘、毛先があちらこちらに跳ね、縒れた白衣で厳然たる風格を顕す建物の前に仁王立ちする。その横を猫背に這う黒髪を撓らせ隈の濃い目尻と青白い顔を他所に、ふたりの女性は互いに異質な雰囲気を出しつつも意思は同じだった。
 男の多い会議室に入り、厳粛たる顔ぶれに青葉は椅子に座りお茶を啜る。物怖じしない彼女を横目に白い本を片手に俯く小雪。彼女視線の先、隣には和服に袖を通す福沢が壮大たる雰囲気を出しつつ着席していた。青葉は片目を瞑り乍ら奥に重鎮する年若き政治家、東雲綾目を見つめると。相手も青葉の視線に気が付き交差する視線。だが互いに逸らし其れ以降、両者が目を合わせる事はなかった。最後に特務異能家の種田山頭火と同席を許可された坂口安吾が入室、青葉の隣に着席した頃合いを見計らって会議は始まった。

「此度は憑代の記録測定をした結果、良好である事は観測出来た」
「然し精神測定の部分のみ未だ不安定な数値を検測している」
「だが18歳の時よりは数値は上がっているな」
「所詮は小娘。一時の感情の起伏で如何様にも転びましょう」
「たがあれは人形。感情など存在しない」

ラムネ味のシュガレットを噛み砕く傍らで貫禄ある御仁が和装の袖に腕を組む。

「好き勝手云ってくれるじゃない」
「ご立腹だな博士殿」
「たっ種田長官?!」
「奇代の天才科学者、政界の覇者玖条家のご息女がこんなところに居ていいのか」
「此処に修理部門の連中が居たら来ませんよ…でもまあ……早めに逃げますけど」
「それもそうか。君は娘を護る為に抜けたんだったな」
「まあ…そのつもりなんですけど。種田長官は果たしてあたしの味方なのでしょうか?」
「と、いうと?」
「裏で秘密裏に闇組織と商談してたとか」

青葉が新しいシュガレットを口に咥えると、小雪が手にしていた本を差し出す。とある頁を開き青葉は眼前に叩きつけた。

「舐めないでください糞親仁」
「相変わらず君の処は優秀な娘が多いな」
「態とポートマフィアなんざに頼みやがりましたね」
「其処は適材適所。彼らの方が慣れているだろう…其れに君はもう研究には携わっていないのだろう。娘を護る力が足りんよ」
「…!あんな道徳非道な実験を此れ以上続けられる筈がない。全員百回は死刑に出来る。もうあの子のあんな顔観たくない…仮令其れがあたしの蛮行だったとしても!……それで、色葉を解剖してどうでした? さぞあなた方の臨む記録とやらは手に入ったでしょうね」
「儂だって若い芽を潰したいとは思わない…それに取引材料も得られるなら交渉も悪い話ではない。だがお嬢さんには悪い事をした」
「謝るならあの子に伝えてください」
「…そう云えば博士殿。異能力者の力を抑制させる拘束器具を造ったとか…あれを内に譲ってくれないか」
「はぁい? 何年前の話してるんですか? あたしはもうそんな得体の知れないモノは造ってませんよ」
「……え」
「……え?」

青葉と種田は互いに目を丸くさせた。そして直ぐ様、泉閑夜千草と東雲綾目へ視線を映す。

「彼方側の差し金だったか」
「え、種田長官アレ等に頼まれたんじゃないんですか」
「いや、儂は首領さんとしか交渉しとらん」
「……種田長官は内務省ですよね?」
「ああ」
「では…注意してください。あたしが所属していた防衛省、人理記録防衛機関には人間はひとりもいない。若し何かを嗾けられても素直に応じてはいけない。仮令利益になる美味な話であっても。手を握ったら最期貴方の喉元まで噛み千切りに来ます」
「……おいおい。まるでそれは、自身は人間じゃないみたいだな」
「道徳を捨てたらもうそいつは獣ですよ」

青葉は警戒するように彼らへ視線を投げる。気がついているのか該当者達は眼を一瞬だけ合わせ逸らした。

「話は変わるが、博士は彼らの見解についてご教授願いたいのだが」
「莫迦です。愚者共には語るまでもない内容ですね。感情が成長すれば異能の使用範囲も広がる。殺傷能力だけ強化をする時代は衰退したんです。精神攻撃の方が有効的なのは実証済みの筈ですが」
「其の見解は儂も同様」
「僕たちが引き合わせた精神系の攻撃に特化した異能者の能力は無事に引継ぎ完了との報告は上がっています」
「あら坂口様、いらっしゃったんですね」
「おやおや…姉妹揃って手厳しいですね」
「此処に小春ちゃんを連れて来た方が正解だったわね主人(マスター)」
「おいおい、小春は直下型だよ?此処に連れて来たら間違いなく家屋損害賠償金を請求されちまうよ」
「別に青葉さんだけが苦しむのならそれは願ったりかなったりだわ」
「あんた等…あたしにだけ中り強くない?」

小雪は視線を逸らし沈黙。その肩を掴み「こらぁ、お母さんに冷たくするな」と泣きつく青葉。傍から見れば仲の良い親子だが実際は冷戦状態である。色葉の非常事態に駆けつけることを禁じられてしまった事がまだ根に持っていた。

「敵陣に突っ込ませる訳にはいかなかったのよ」
「嘘ばかりね。センセイと取引をしたのでしょう?天秤にかけるまでもなくあなたは色葉ちゃんを択ぶべきだったのよ。おかげで小春ちゃんを止めるのに小夏ちゃんと小彩ちゃんが大変な目にあったのだから」
「……だけど、あんた達が向かう方が生存率は低かった」
「そういう問題ではないわ。色葉ちゃんは独創なの。模造品のわたし達と較べるまでもない。今もあなたはあの子に刃を向けうるのね」
「……解ってるよ。だから、会わないようにしてるじゃない」
「貴方の無慈悲差は死んでも治らないわ」
「小雪。それ以上は辞めてやれ」
「福沢様」

小雪の肩に触れ福沢が制した。小雪は責め足りない不満げな顔持ちの儘、口を閉ざした。外野は騒がしく無謀な論争を繰り返す中、異質な空気を放つとある一角。此処だけは彼らよりも神の啓示に一番近かった。

「若しも審判者が顕現された場合、止める手立ては探偵社員の異能力のみと推定していたが、他にも止める手立てを見出したという意見がある。立証してくれ給え異能特務課」
「はい」

安吾が立ち上がり、青葉は一驚しそして……シュガレットを噛み砕いた。

「此度の件に関しましては、無効化以外にも精神に呼び掛けられる逸材者。つまり親しい間柄であり抑制力の高い異能を持つ者であれば制止させる分には問題なく此れを実行可能という実証を得ました。よって保護プログラムの改竄が必要かと存じ上げます」
「武装探偵社のみならず他とは一体何処だ」
「はい。それは―――ポートマフィアです」
「ッ闇組織にあの子を預けるなどしてみろ、お前たちの政権は確保出来ないと思え!」

机をダンと叩き、青葉は身を翻し会議室を退出した。退出する前に青葉の後姿を綾目は流し観た。その瞳は反射するだけのレンズのように、ただ背中だけを映した。直ぐに視界から除外し、姿勢を正す。一方彼女の後を追わない小雪は静かにこう述べた。

「博士がご無礼を。失礼いたしました。代理でわたしが拝聴致します。故に根拠たる実証資料を拝見させてください」

資料を受け取り目を通す。小雪からすれば答え合わせのようなものだ。自身の異能で読み解けた部分との相違を確率計算しつつ顎に指先を載せる。

―――森鴎外。このために態々手の込んだ策を講じた訳ね

「犯罪側から手を下すのではなく、白昼堂々と奪取する寸法なのね」
「……何にせよ。全ては色葉が決める事だ。彼女の尊重を蔑ろにする事こそ災禍である」
「飽く迄此れは候補を増やすための物であり。本件は引き続き武装探偵社に預けたい方針は変わりません」

安吾は述べ終えると席に座り、肩に入った力を僅か張り抜かす。それを横目に小雪は資料へ目を通しつつ声をかけた。

「罪滅ぼし? 云われたそうね“花は要らない”と。全くその通りだわ。初音に対する冒涜行為よ」
「僕は初音さんの件について関わってはいません」
「でも織田さんの件には関与しているでしょう。変わらな……え? それは色葉ちゃんに伝えた?」
「いえ…伝える機会を失っているばかりで。流石に弁明を云うのも気が引けますが」
「……早めに伝えて。若しかするとわたし達はとんでもない掛け違いをしていたのかもしれないわ」
「小雪さん?」

神妙な面持ちで小雪は思案していた。その様子に安吾の手は止まる。ふたりの異様な雰囲気を見るなり横に居る福沢は「仲が良いな」と伝えると小雪が全否定したのは言うまでもない。

「こんなインテリ眼鏡に魅力など感じません!福沢様の方が魅力的ですわ」
「急に豪速球を…」
「そ、そうか」



――――――――――
――――――ー
―――



真逆、医療課はわかるとしても記録課まで参加するとは思っていなかった。しかも其れがあの男だったとは……あいつは政界の有権者のひとりのはず。なのに何故防衛省のあんな胡散臭い課に所属しているのか。しかも出席しているという事は主任クラスということ。早い処地下に戻らないと拙い。
足早に廊下を駆け足で進んでいると無邪気な声に呼び止められる。

「教授」
「あ? ……だれ?」
「僕よ花峰」
「……ああ、そうか。なんでこんな所に? アンタも呼ばれたの?」
「一応全員出席との通達があったのよ。もう会議始まってる?」
「とっくに議題は終結を迎えそうだけど」
「やだっ!それじゃ僕はもう行くわ。青葉さんも総裁に見つからない内に逃げてくださいね」
「待て。花峰。今何の実験をしてるの?」
「大した事はしてないわよ? あ、もしかして教授疑ってる? いやね―あれは首領の独断よ。僕は何も知りませんって。そういうこと出来ないのは教授が一番判ってるじゃない。だから僕に科学課を託したんでしょ」
「あ、ああ……そうだったな。すまない」
「いいのよ。じゃあまた会いましょうね、青葉元主任」
「ああ……あいつって金髪のド派手な男だったかな。それに何か躯つきもどっしりというか、違和感のある女言葉だった」




The opening of the second act......



幕間でした。二幕の舞台に続くような脇サイドの話になります。多分…こう色々と伏線振りまきすぎてやばい。回収できる気がしない。助けて……← 応援よろしくお願いします!





前へ - 戻る - 次へ