狐と鵞鳥-壱






嵐がやってくる猟師が手勢を引き連れ死霊も亡霊も、妖精さえ狩り取られていく。ひとりの多神教が引鉄を握る。銃口を向けられ妖精は―――



『む…』

寝惚け眼が開く。朝を告げる小鳥が鳴き、遮光幕の隙間から漏れ入る光によって目覚めた。上体を起こし腕に抱えられた猫のぬいぐるみを膝の上に乗せ乍ら私は目元を擦る。自然と乱歩さんを探すように手を伸ばすがどれも冷たいシーツばかり。あれ? と疑問に思い立った時思い出す。

『乱歩さん…出張だった』

そう云えば今度は山形だったとか……お土産は佐藤錦がいいな。あ、道に迷ってるかな。でも藤花さんも一緒だから大丈夫だね。ひとりの夜を過ごすのはあまり好きじゃない。寝たの何時だっけと遡るくらい眠りにありつけたのはつい先ほどだった。寝不足気味な私は欠伸を設け乍らリビングへと向かいお湯を沸かす。テレビをつけ報道番組に回す。

「 昨夜未明。女性の変死体が発見されました。××現場付近の雑木林の中で20代前半の女性が全身の血を抜かれた状態で見つかり検視の結果、右目から鋭利な物で脳髄まで貫通させ即死。殺害してから血を抜いた模様ですが、肩口から牙のような歯型が残っており、吸血鬼事件と警察が発表しました。まだ身元が不明のため早急に調べると共に犯人逮捕へ捜査が展開される模様です 」

ティーポットに茶葉とお湯を注ぎ、トースターにパンをセット。顔を上げニュースのテロップを見つめる。

『物騒だな』

カーテンを開け青空が浮かぶ本日の天気の機嫌に洗濯を干してから出かけることを決めた。







「同棲なんて聞いてませんよ!」

敦の第一声は烏も飛んで逝く程騒騒しかった。

「部屋が足りなくてねえ。いやー私も色葉ちゃんと同棲したいのだけど彼女高層集合住宅住まいだし。セキュリティー高いし……管理人(コンシェルジュ)さんがほんとっ優秀で…また忍び込めなかった」
「何の話をしているんですか太宰さん」
「犯罪の話なら今市警に繋がってるが通報するか」
「待ち給え国木田君!確かに2時間前に実行済みだが既に管理人さんに通報されているから安心していいよ」
「何処がだ!社の信頼を身内で潰すな!」

国木田が太宰の襟首を掴み揺らすが、太宰は「ははは」と笑うのみ。そんな先輩ふたりを眺めつつも鏡花ちゃんの眼を覆う。見習っては駄目だと敦の善意行動である。

「それに新入り二人には家賃折半が財布に優しい」
「しかし」
「彼女は同意しているよ、ねえ」
「指示なら」

嘘でしょ、と敦は年頃の少年らしく鏡花を見つめるが鏡花は思春期の一時的な発作衝動に敦が巻き込まれる訳がないとでも思っているのか、それとももしそうなっても伸せる自信があるのか。瞳だけが見つめ返されていた。

「判らないかい敦君」

太宰は国木田の包囲から抜け出し、敦の肩に腕を回す。

「マフィアを追われ縁者もない彼女は沼の中のような孤独だ。それに裏切者を処する為、組織の刺客が来るやもしれない。独り暮らしは危険だよ」
「た……確かに」

敦は鏡花へ振り返る。小さな体躯を見てしまうと庇護欲がそそられる。だが太宰は普段より笑みが胡散臭い。

「君が守るんだ。大事な仕事だよ」
「判りました!頑張ります!」

此処までの件は太宰の言葉遊戯であることを国木田は知っているが、それを敦に告げることはない。もし此処に彼女が居るのだとしたらきっと太宰を窓から吊るす事だろう。最近更に割り増しで太宰への当たりが強い彼女。以前は蟻でも視るかのような目つきが、今では塵でも視るような視線に進化を届けていた。

「おい太宰。早くマフィアに囚われた件の報告書を出せ」
「好い事考えた!国木田君じゃんけんしない?」
「自分で書け」

矢張り彼女を召喚するべきか、国木田は相変わらずの奔放太宰に冷たくひと蹴りした。

「敦君。今日は君に報告書の書き方を教えようと思う」
「こ……この流れでですか?」

敦も思う。ああ何故あの人はいないのだろうか、止めてください本当に。と其処まで懇願し漸く敦はいないことを認識した。

「あれ、然う云えば色葉さんは?」
「あいつなら午前休で午後から出勤予定だ」
「そうなんですか」

携帯を取り出しメールの確認をするが来ていない。それに気づいた国木田が付け足す。

「急遽決まってな。夜中に連絡が俺の処へ来たから社長には伝えてあるそうだ、心配するな」
「そうでしたか。普段なら僕にも連絡をくれるのでないから少し、不安に」
「あいつは生真面目だからな。夜中とあってお前に連絡するのを控えたんだろう」
「ですね……あれは無視していいですか」
「そうしろ」

敦は目線だけで国木田に質問をしたが、それは敢無く議決される。彼らの視線の先には太宰が携帯を片手に椅子の上で体育座りをしていたからだ。

「機種事変更されては私でも盗聴できない。何故気づかれたのだろう…場所は把握できているからいいが」
「え、場所は知ってるんですか」
「うむ。私の愛は電波も傍受するのだよ!ってことで東雲様邸宅にいるよ」
「それでもGPSで所在確認が出来るお前の執念が気色悪いわ」
「中ってるんだ……」
「総ての盗聴器や発信機を取り除いたのに執念がなせる技ね」
「わっ!こ、小雪さん?!」

彼らの間に幽霊の様に白い本を抱き、片腕には鞄。丸めた背中で立っていた。敦は驚きのあまり一歩後退するが鏡花は気づいていたのか頭を下げる。

「……あなたが鏡花ちゃん」
「はじめまして、小雪さん」
「小彩ちゃんから聞いたのね。碌でもない事吹き込まれたでしょう。でも大丈夫よ安心して、わたしは女児もイケるわ」
「何処にも安心する要素がないです!小雪さん」
「そうなの? 女児対象のあられもない話も書くのだけど」
「そっちか〜」
「え…書いているんですか小雪さん?!」
「国木田くん興味あるの? ペンネームが違うから恥ずかしいわ」
「何処に羞恥心感じてるんだこの人」

大人な会話のため鏡花の耳を塞ぎ疲弊する敦。見兼ねて本題へと話を戻す太宰は敦に一枚の書類を提示した。

「この報告書は君に懸賞金を懸けた黒幕の話だ」
「判ったんですか!?」
「マフィアの通信記録に依ると出資者は“組合”と呼ばれる北米異能者集団の団長だ」
「実在するのか? 組合は都市伝説の類だぞ。構成員は政財界や軍閥の要職を担う一方で裏では膨大な資金力と異能力で数多の謀を底巧む秘密結社など」
「まるで三文小説の悪徳ね。とても楽しそうだけどわたしは専門外だわ」
「そりゃあなたの専門は官能ですとも」
「ゴホン!……第一何故敦を狙う必要がある」
「それは直接訊くしかないね。逢うのは難しいだろうけど、巧く相手の裏をかけば―――」

太宰の言葉そこで途切れる。

「た、大変です」

谷崎の乱入に社内にいる凡ての人間が窓辺向かう。見下ろした階には不謹慎な見慣れぬヘリコプターが着陸し、搭乗者が大手を振って眼前にその身を晒す。堂々たるや振る舞いに豪快な発想、その登場は探偵社にしたらあまり歓迎の出来ないものに等しい。窓辺から見下ろす影に気づいた身形のいい男が不敵に笑んだ。彼の配下には赤髪かかったふたつ編みの少女と長身の澄ました顔をした男ともう一人。白金の纏め髪に緑瞳と右目に黒い眼帯をした少女が後頭部に腕を組み中世の騎士の様な姿で男に連れ立っていた。

「先手を取られたね」
「あの子……」
「出迎える準備をせんと如何か」
「そうだね……彼女が此処に居なくてよかった」

太宰の呟きを聴きとれたのは国木田と小雪、そして視界から外れている鏡花のみ。







「色葉さん!」

東雲邸宅に挨拶に伺うと香純くんが此方へ駆けてくるなり抱きしめられる。昔は膝下くらいの身丈だった筈なのに、現在では私の身長と大差はない。背中に手を回しポンポンとリズムよく叩くと離れて隣に座った。桜江さんが「まったく」と息を洩らしつつ給仕の方に紅茶を注がれる。高貴な陶器に波紋する茶葉の香りを嗅ぎ乍ら一口つけると桜江さんは口を動かし始めた。

「先日は助かりました。香純を無事に救出して頂き本当にありがとう。お礼も言えない儘、居なくなったから心配していたの。ごめんなさい尽力を尽くせなくて」
『致し方ない事です。気に病まないでくださいませ。香純くんがこうして元気でいられることをお喜びください』
「……ねえ色葉さん。あなた……いいえ何でもないわ。今日はお菓子を沢山用意したの。甘いものが好きなのよね。気に入ったのがあれば宅配に出すから云って」
『ありがとうございます。こんなに…たくさん……』
「ごめんなさい色葉さん。母様は加減を知らないので」

本当にこの人は……。蟀谷を小突かれた程度だ。選ばなくてもきっと最後には総てを送られるのならば半分は探偵社に郵送しよう。処理は任せた探偵社諸君。私はすらすらと口から呪文を唱えこの危機を乗り越えた。

「あ!そうだわ。ねえ色葉さんって香水には興味があるかしら?」
『香水、ですか?あまりそういった物には疎いので…ぶふッ』
「母様…唐突に吹きかけるのは辞めてください」

顔面に吹きかけられた水滴。スプレーみたいに降り注がれ何か臭いがするが、悪臭ではないようだ。手を仰ぎ雲散させるがお構いなしに桜江さんは私の手に吹きかけた元凶を手に持たせる。

「国外の代物なのだけど、私ってもう若くないじゃない?」
『いえ…ある一定の部分だけは若いかと』
「え、そうかしら? ふふ嬉しいわ。でもこれは若い娘さんに流行しているブランドみたいだからあなたが持つにふさわしいと思うわ。出来ればこれももらってちょうだい」
『あ、え』

無理矢理持たされた香水の容器は硝子の靴みたいな形をしていた。何だかお伽噺みたい。匂いは…よくわからない。鼻が曲がりそう。直接嗅ぐものではない。一応お礼を述べてから鞄の中にしまった。
お暇しようと立つと玄関まで丁重に見送られる。警備は従来通りで構わないとして最後の仕上げをしてから社に戻るかと算段を立てつつ別れを告げた。

『それではこれで失礼します』
「あの!鏡花ちゃんは元気ですか?」
『ええ、探偵社に遊びにいらしてください』
「ありがとうございます。またお逢いしたいです色葉さん。その日までお元気で」
『…ええ』

二度と会わない方が倖せかもしれない。口に継ぐ前に私は背を向けて歩き出した。何も知らぬ若き君主よ、己の贖罪の事など忘却の彼方へ捨て置け。それが己の人生のためだ。限りない薔薇色の世界のためだ。
正門まで来れば小型ナイフを取り出し指先を切る。血が溢れる珠を逆さにし床に注ぐ。

『異能力・神々の黄昏』

異能力の定番、結界式。その中でも永続式に準ずるこの異能は持ち主が死ぬまで効果の持続が立証済みのもの。

『血の誓約に基づき汝よ我の前に力を示せ。術ての厄災から護り給え』

術式が確立するとその血痕は透明と化し家々を護り固める壁となった。ふむこの位かな。腰に手を当て満足げに頷くと私は社に戻るために振り返ると前方からやってきた男性にぶつかり、後方へ倒れそうになった手を掴まれ引き寄せられる。

「すみません!大丈夫かな?」
『……はい。此方こそ不注意ですみません』
「じゃあお互い様だね。怪我がなくてよかった。こんなに可愛らしいお嬢さんに怪我なんかさせたら紳士が聞いて呆れるからね」

片目を瞑りプラチナブロンドの髪が揺れる。吸い込まれそうなアッシュモーブの瞳に、何処かで観たことがあるような既視感さえ憶える。見惚れていたのか男性は小首を傾げ爽やかな笑みを向けてくるので、私は一歩後退して微笑んだ。

『それではこれで』
「うん。またね―――花の妖精さん」

足早に務め私は此の場を駛く立ち去りたかった。何故か胸が閊えてしまい私は不気味な焦心に駈られた。

「あ、フィッツジェラルド様? ええ、居ましたよ。我らのブリュンヒルデ様が」




呪文ってすらすら書けたら憧れるわ。やっぱ女の子は魔女だよね。っていうのが二部の始まりの感想としてどうなんだろう← 今回は多分、普通の女の子みたいになるかな?うふふ私もわからない← 一緒につくっていくか!宜しくお願いします!




前へ - 戻る - 次へ