狐と鵞鳥-弐






その男は金色の髪を所持した……緑がかった妖精のような瞳を持つ悪精霊(アンシーリーコート)。



「小雪さん。貴方が此処へ来た理由を聞かせてくれませんか」
「太宰君って……小説の登場人物に当てはまるわ。禄でもない男の役とか」

小雪は抱く本を太宰へ差し出す。

「今朝方、難稿していた原稿締め切り日に間に合って二度寝した時だったわ」
「お疲れ様ですぅ」

敦がお茶を用意すると小雪は両手で湯呑を持ち、暖代わりにしているのか湯気ばかりを見つめている。

「わたしの異能は今日一日の未来だけしか告げられない上に、大体意識の概念がないときに発動されるの」
「つまり…?」
「予知夢みたいなものだ」

国木田がフレームを直し、敦が納得する。

「今回は量が多くて…気になる記述を見つけた本だけを持ってきたの」
「と、云いますと」
「この探偵事務所に来訪すべし者について」
「…それはおかしいですね」
「え、何処がおかしいんですか?」
「敦は知らないのか。小雪さんの異能は極めて厳密的な制限が懸けられている。彼女の透視出来る人物は、能力無しで彼女の知り合いであることだ」
「……つまり、今訪問している人とは小雪さんは面識がなく彼らも当然異能力者だから、視えないのに視えたという事ですね」
「丁寧な説明をありがとう…説明って面倒で…取説ってどうしてあんなに長いのかしら」

その隣では太宰が速読していたが、読み終えたのか本を閉じた。

「小雪さんが何を云いたいのか判った。相変わらず素敵な能力だ、助かります」
「わたしの問いに結び付けられる解答があなたには、検討がついているのかしら」
「どうだろう? ああ、小雪さん。協力をしてくれませんかね」

太宰は有耶無耶にしてから、小雪に耳打ちした。それに対して一喜一憂し乍ら持ってきた鞄の中から一冊の本を取り出す。そして立ち上がりナオミに声をかけた。彼女の代わり小雪が客人に陶器を運ぶ。入室した小雪に福沢自身も目を疑うが、何でもない素振りをとる。小雪は客人に配り終えると福沢の後ろに控えた。

「ほう珍しいデザインだ。陶磁器は詳しいつもりだったが。どこのブランドかな? ロイヤル・フラン? あるいはエル・ゼルガか」
「そうですね…美しい白魚のような脚で滑らかな材質を惜しみもなく見せつけ魅惑するので……瑠璃子、というところかしら」
「……それは品名か?」
「渡来の方の酒肴に合えばよいですが」

何処から取り出したのか判別出来ないが、小雪は一冊の本を取り出してフィッツジェラルドに差し出した。表紙は幻想的なのだが、中身は紛れもなく彼女の得意とする官能である。福沢は表情こそ出さないものの小雪の行動に目を瞑るが、フィッツジェラルドは本を手に取り読み進める。

「小雪……少し控えてくれ」
「……はひぃ」

慕っている福沢に声をかけられた事により、小雪は口を閉ざし石像の如く俯き動かない。

「興味深い。君は物書きか? 私の部下にも居るが其れとは比なる性質のようだ。今度君の作品を購わせてもらおう」
「まあ、お気に召して嬉しいですわ貴族様」

本を閉じフィッツジェラルドに賞賛の言葉を頂き、スカートを掴みお辞儀をした。その本はモンゴメリへと渡される。

「フィッツジェラルドだ。北米本国で組合という寄合を束ねている。そのほか個人的に3つの複合企業と5つのホテル。それに航空会社と鉄道と―――」
「フィッツジェラルド殿」

福沢は敢えてフィッツジェラルドの台詞を遮った。

「貴君は懸賞金でマフィアを唆し我らを襲撃させたとの報が有るが。誠か」
「ああ!あれは過ちだったよ親友。まさかこの国の非合法組織があれほど役立たずとは!謝罪に良い商談を持ってきた」

指を鳴らし構成員の男がケースを持ちあげる。

「悪くない会社だ。建物の階層が低すぎるのが難だが街並みは美しい。この会社を買いたい」

福沢は目の前で開封されたケースの中身は外国紙幣の敷き詰められた積荷。男の要求が直ぐに言葉通りの物ではないことは知れた。

「渡来の紙幣は初めて目にするけれど…材質は違うのね」
「おや、君はお金が好きかね」
「好きか嫌いかなら好きですわ。なければ何も成し遂げられないもの」
「君は話が判る女性のようだ…勘違いするな。俺はここから見える土地と会社。すべて買うこともできる。この社屋にも社員にも興味はない。あるのは一つ」
「―――真逆」
「異能開業許可証、が欲しいそうです。福沢様」
「聡明な女性だな、君」

小雪は再びお辞儀をしてから真っ直ぐに見つめた。その視線の先には白金の娘が緑瞳と黒眼帯で小雪を見ては愉快そうに笑んでいる。フィッツジェラルドの欲求対象が明らかになった途端。空気は一気に掌握される。

「この国で異能者の集まりが合法的に開業するには内務省異能特務課が発行した許可証が必要だ。特務課の石猿どもだけは金で買収できない。なにしろ表向きないことになっている秘密組織だ。連中を敵に回さず大手を振ってこの街で《捜し物》をするにはその許可証が―――」
「断る」
「そうか? 何ならこの腕時計もつけよう。限定生産で特注ダイヤが――」
「命が金で購えぬ様に許可証と替え得る物など存在せぬ。あれは社の魂だ。特務課の期待。許可発行に尽力して頂いた夏目先生の想いが込められて居る。頭に札束の詰まった成金が易々と触れて良い代物では無い」
「金で購えないものがある、か。貧乏人の決め台詞だな。だがいくら君が強がっても社員が皆消えてしまっては会社は成りたたない」

社長室では尚も商談は続いていた。

『ただいま戻りました』
「おかえりなさい」

静かに出社した心算はないが誰も彼女の存在に気付いていなく、自席に荷物を置くと鏡花だけは出迎えた。頭を撫でている色葉の存在にやっと気づいた探偵社各位。国木田が声をかける。

「色葉。午後出社じゃなかったのか?」
『早めに終えたので』
「おはようございます、色葉さん」
『敦くんおはようです。今日も宜しくお願いします』
「あれ…色葉ちゃん何の匂いかね、これ」
『あっと…香水です。何かは判りませんが今流行しているそうです。東雲様に頂いて』
「でもいい匂いですね、なんか甘い?」
「バニラ?みたい」
『食べないでくださいね』
「舐めてはいいのかな」

太宰が色葉の顎を持ち上げ唇を寄せる手前で、顎を掴む腕を捻り床に躰を倒させその上にブーツの靴底で踏む。

『接待中ですか?』
「あ、いや…組合の連中が来ている。あと小雪さんも」
『小雪姉さんが? それに組合?』
「えっと確か秘密けっし「そんな事よりも!国木田君今日の仕事をしなくていいのかね?依頼人を待たせるのは探偵社としては遺憾だよ全く」
「お前に問われると腹が立つな。だが、確かに刻限が迫っている」
「今日の仕事は外回りですか?」
「ああ。小心泥棒の類を捕まえるのが今日の依頼だ。これなら敦にたの「それは色葉ちゃんが適任じゃないかな。国木田君と一緒に行って来給えよ」
『え、だ太宰くん』

いつの間にか足元から抜け出した太宰は、皆の言葉を遮り色葉の肩を掴まれ押される。人の良さそうな笑みだがその内心は焦心仕切っていた。どうやら彼は一刻も早くこの場から彼女を立ち去らせたいらしい。色葉は訳が判らずに廊下へ出されるが、国木田も意味が解らず太宰に説明を求める。だが太宰は其れを遮った。

「捷く来給え国木田君。色葉も今は私の指示に従ってくれ」

強引に色葉を連れ出し昇降機まで来るとボタンを押して待つと、社長室から賢治が出て来た。太宰は苛立ち気に階数を点滅させる昇降機を見つめ、その間に国木田が依頼の入っている封筒を片手にやってくる。すると同時に到着したようだ。従者の男女が廊下に出てくるのを確認し乍ら国木田が先に入り、色葉の肩を強めに押した。バランスを崩した彼女は国木田の腕に支えられる。

「速くしろ。時間がない」
「太宰どうしたんだ」
「説明している暇も惜しい。悪いね色葉。今日の騎士は国木田君に譲るよ」
『太宰くん』

太宰の手を取り両手で包む色葉に、情けもなく彼はその手を握り返した。云わんと開いた口はある男の声によって矢張り途切れてしまう。

「明日の朝刊にメッセージを載せる。よく見ておけ親友。俺は欲しいものは必ず手に入れる」
「ッ、行くんだ。今晩はちゃんと正門玄関から入るから扉を開けていてくれ給え」

機械的に閉まる扉。小さな少年だけを残して線は切れる。太宰は廊下の端に寄り、賢治は昇降機のボタンを押す。小雪は床に本を彼の行く手の前に落とし、彼はそれを拾おうとした時。横から女性の手が入り代わりに拾った。

「はい。落としましたよお姉様」
「ありがとうございます」
「いえ、お安い御用です」

白金の娘がニコリと黒眼帯の痛々しさに笑い小雪に本を持たせると、彼の後を追う。小雪は去り行く背中を見つめ乍ら社長室へと引っ込む。フィッツジェラルドは僅かに残った香りに眉を寄せた。

「この香りは……其処の少年。少々尋ねたいがいいかね」
「いいですよ。応えられるものならですけど」
「この小国には妖精が居ると聞いたのだが、それは本当か?」
「妖精ですか? 僕には視えないので解りませんが居たらファンタジーですね」
「そうだな。居たら数奇だ……白い髪に紅い目をしたヴァルキュリアが居たら」

賢治は口を閉じにこりと笑顔を見せ、やってきた昇降機の扉を開かせた。

「その帽子素敵ね」
「そうですか? ありがとうございます」

乗り込むと白金の娘が太宰へ視線を合わせると、残虐性のある笑顔を浮かべた。







「何だったのだ一体」
『考えがあるのかもしれません』

国木田は珍しく太宰の肩を持つ色葉の発言に目を点にした。

「部屋に上げるのか」
『それはないです』
「……車で行く予定が歩きになるとは誤算だ」
『いいではないですか。お散歩好きですよ』
「……電車を使うから来い。歩き乍ら寝られては敵わんから掴め」

国木田は余所を向き乍ら彼女に腕を差し出す。その腕に笑みを浮かべつつ手を添えて歩き出した。

『本日はどちらまで?』
「総務省だ。お前の個人情報の漏洩に対する報告書を受領する為とそれに伴った阿呆を捕まえる」
『未だその案件を引きづるのですね』
「大方取り締まったが粋のいいのが残っていた、という落ちだろ」

彼らの前にきな臭い事件への列車が到着した。



此処で区切る。へいへい、今回の彼女は後手だぜ。いえーい。一緒に楽しんで驚いて行こうぜフェアリー!ってテンションを続けるのも疲れるので程ほどに、私は考えます。フィッツジェラルド。書きづらい名前だなもう!櫻井さんだから赦す!!