親密度を上げてください

「何書いてるの?」
「え?」
 高校一年生の暑い夏の日だった。
 放課後になりエアコンは切られ、仕方ないと窓を全開にしていたから蝉の鳴き声がとてもうるさかった。太陽の光を遮るために閉めたカーテンは風が吹いて時折傍で揺れていた。生ぬるい湿度を多く含んだ風はべっとりとしていて気持ちが悪い。
「……赤葦くん」
「うん、赤葦です」
「部活は?」
「忘れ物があったのを思い出して」
「取りに来たんだ」
「そういうこと」
 食い入るように机に向かっていた私は、知らぬ間にやってきた彼の存在に話しかけられるまで気が付かなかった。足音も扉を開く音も聞き逃していたらしい。
 見られないようにさり気なくノートを両腕で隠す。赤葦くんは無理に見ようとはせず、気にはなっているだろうけれど身を引いた。
 何を書いているか、なんて。とてもじゃないが言えるわけがなかった。
 キッカリと着こなしている制服ではなく紺色のシャツにハーフパンツ姿の彼はどこか物珍しい。普段しっかりとした姿を見ている分、こういったラフな格好なんて体育ぐらいで、それも男女は別で行われているから早々お目にかかる事はない。
「まだ残るならここより図書室の方が涼しいよ」
「あ、そうか図書室」
「忘れてた?」
「存在をなかったことにしてた」
「可哀そう」
 入学して半年。あまり関わりのなかった赤葦くんはどちらかと言えばクールな印象があったけれど、目を細めて緩く口角を持ち上げる彼は随分と柔らかい印象だった。
「で、何書いてるの?」
「あ、それやっぱり聞くんだ」
「気になるから。言いたくないならこれ以上聞かないけど」
「言いたくはないかな」
「じゃあ黙ります」
「お願いします」
 二人して敬語なのが面白くて同時に吹き出した。
 同年代に比べれば随分と落ち着いている人だと思っていたけれど、案外愉快な人なのかもしれない。今日一日で随分と赤葦くんへの印象が変わった。それもいい方向に変わっているのだから、やっぱり人は見かけによらないのだな、と思う。人間観察もまだまだということだ。
「部活戻らなくて大丈夫?」
「……やばいかも」
 自分の席からノートを一冊取り出した彼は、そのまま「じゃあ部活に戻るね」と私の名字を呼んで速足に教室から出て行った。課題か復習のために取り出されたノートは彼の真面目さを物語っていた。
「……私の名前、知ってたんだ」
 広い背中を眺めながら、ぽつりと呟いた。