バレたくないのはどっち?

「角名くんってかっこええよね〜」
 意識が浮上して聞こえた一発目の声がこれだった。
 名前も曖昧な関わりの少ないクラスメイトが、私の発散相手の話をしている。同じ部活である双子の片割れは「俺の方がかっこいいやろが!」と噛み付いている声が聞こえて、次には楽しそうな笑い声が響いた。
 伏せていた顔を上げて黒板の上に設置されている時計を見ればちょうど五限目が終わったところだった。だからみんな席を立って話し込んでいるのかと納得する。
「おはよ〜」
「……おはよう」
 友人が前の席を陣取って私に話しかける。どうやら私が起きるまで待ってくれていたらしい。申し訳ない気持ちで謝罪すれば、「よく寝とったから」と言われた。
「なぁなぁ、角名くんってあれやんな、バレー部の」
「あー、うん、たぶん」
 そんな珍しい名字の人間が同じ学校に何人も存在していてたまるか。曖昧な答えに笑った友人は、目を覚ます切っ掛けとなったクラスメイトに視線をやっていた。
 なぞるように追いかけると、双子の片割れときゃいきゃいはしゃぐ姿を確認できた。クラスの中でもカースト上位にいるようなあの子の声はよく通る。
「どんな顔やったっけ?」
「えぇ? ほら、切れ目のセンター分け」
「あー……? そんな子おったっけ」
「おるよぉ……、他のクラスに興味なさすぎん?」
「逆によぉ知っとるね?」
「……有名やん」
 わたし知らんかった〜、と笑う友人は、やっぱり私のしている事に気が付いているのではないかと思う。
 時折こうやって探りを入れてくる事があるけれど、核心を突くような事は言われない。友人から話題に上がる度に背筋が凍る思いをしている私の事なんか、彼は知らないのだろう。鋭い友人を持つとこういった時に恐怖が襲ってくる。
「……モテるんやねぇ」
「らしいね」
 中心ではしゃぐクラスメイトたちを眺めながら、友人は頬杖とついた。私たちだって同じ年のはずなのに、あんなにはしゃぐ元気はなかった。
「――侑と銀いる?」
「噂すればやん」
「え、なになに怖いんだけど」
 廊下側の窓からひょっこり顔を出したのは、話題に出ていた角名と同じクラスの片割れだった。ついつい視線もそちらにやってしまう。昼前と寸分も違わないその姿に違和感を抱く者なんていない。私だけが知っている、空白の時間。
 頬杖をついて口元を隠した。
「あれが角名くんかぁ」
「そうそう、見た事ぐらいあるやろ?」
「どうやったかなぁ」
 顔と名前が一致していなくたって、あの有名な双子とよくいるのだし、顔ぐらいは見た事があるはずだ。ただでさえ私とよくすれ違うというのに、見た事がないはあまりにも周囲を気にしていなさすぎる。
 微かに聞こえる会話の内容から部活の話をしている事がわかった。廊下とは少し離れた場所に席があるからか、全文を聞き取る事はできないけれど、どうせ私には関係のないことだし。普段のこの男に興味なんてないので。
 楽しそうに言い合いをしている双子を一歩離れたところで眺めている角名と銀島は、いつもの事だろ我関せずを貫いているようだった。
「相変わらずうるさすぎん?」
「にぎやかでええんちゃう」
「そんなもん?」
「そんなもんやろ〜」
「ちょっとうるさすぎる気もするけどな」
 騒いでいる本人たちはクラスメイトの視線を集めている事に気が付いているのか、それとも気にしていないだけなのか。後者のように思えるが、そんなに関わる事がないので本当のところを察する事はできない。
 ぱちり。不意に、角名がこちらを見た。
 普段絡み合うことのない視線が、ぶつかった。
 切れ長の目が細くなって、笑っている。目元だけで、笑っていた。
 どうしてわざわざこちらを見たのかわからない。わからないけれど、普段廊下ですれ違う時だってぶつかり合う事のない視線が交わって、絡め取られる。
 私たちの視線が交わった事に、誰も気付いていなかった。同じところを見ているはずの友人さえ気付かない。気付いているのは、角名と私だけだった。
 すぐに逸らされた視線が脳裏に焼き付いた。もうこちらを見てはいないはずなのに、あの目がまだ私を見ているような感覚に陥る。
 行為の最中だってこんな事にはならないのに、不思議だった。
 はぁ、と吐き出した息は随分と重たいものになった。廊下を見ていた友人は私のため息に反応して顔を伺っている。今度は友人と目が合って。だけど角名の目は離れてくれなかった。
「大丈夫?」
「だいじょうぶ、たぶん」
 心臓の辺りがムズムズして落ち着かない。たった数秒ぶつかっただけの視線が忘れられない理由がわからなかった。
 なんでこんな気持ちにならなきゃいけないのか。原因である角名が妙に腹立って、一度ぐらい誘いを断ってやろうかとも一瞬だけ頭に過ったが、素直に従う自分だけが簡単に浮かんで無理なんだろうな、と諦める事しかできなかった。