夏は好きだ。蝉の合唱と、はしゃぐ子供の声が賑やかで、どこかから聞こえる風鈴の音は涼しくて、澄みきった青い空を目指す向日葵は私の心までも元気にしてくれて、お日様はいつでもきらきらとしていて、眩しくて、眩しくて。
だから、夏は好き。うだるような暑さはさすがに好きではないけれど、それでもこれから本格的にやって来る夏の気配に私の心は確かに踊っていて。
それなのに、日差しの照りつける明るい通学路を歩く私の足取りは、軽いとは言えなかった。
なにがあったわけでもない。学校が嫌だとか、勉強が嫌だとか、そういうのもない。友達はいる。先生も嫌いじゃない。気分はこのとおりいい。
では何が悪いのか。強いて心当たりがあるとしたら、昨日見た夢のせいかもしれない。昨日の夢は、幼い頃から何度も見る、私にとって絵本のような夢だった。お花畑で過ごすその夢を見た次の日は、何となくいつもと違う気分になる。
何が原因にしろ、このままのろのろと歩いていては遅刻してしまう。今日の私はとにかくのろのろしていて、朝目が覚めた時なかなかベッドから出ようとしなかったし、朝食もゆっくり食べてきた。走れば間に合ったかもしれない電車を見送った。
これだけずるずると予定をずらしているのだから、そろそろ走らなければ。そう、頭ではわかっているのだけれど。でも。
そうこうしているうちに、遠くで始業のチャイムが鳴り響いた。それを聞いてはっとした私は、ぴたりと歩くのをやめた。
「……わたし、」
ひょっとして、今日は学校に行きたくないのかもしれない。
そう思い至ってみれば、なんだかそんな気がしてきた。今日はきっとそういう気分なんだ、仕方がない。こんなに天気がいいんだもの。今日くらい学校へ行かずに、どこかへ出かけてみるのもいいかもしれない。
そう思って、先程とは打って変わった軽やかな足取りで踵を返した時だ。
「どこ行くんだ?」
「わっ」
キキ、とブレーキをかけて目の前で止まった紺色の自転車に、私は思わず目を丸くする。
ふわふわとした柔らかな茶髪と、此方を見つめる気だるげな目には見覚えがあった────クラスメイトの鉢屋三郎だ。
一度も話したことは無いけれど、彼のところによくやってくる他のクラスの竹谷とかいう奴がたいへん喧しい奴なので、印象に残っていた。
「鉢屋くんでしょ。遅刻するから早く行きなよ」
「チャイム鳴ったの聞いたろ?遅刻は既にしてる」
「じゃあ行かないの?」
「お前はどこに行くんだ?」
まず、話したのは初めてのはずなのにお前だなんて乱暴だなぁと思った。
それから、どこに行くのか考えていなかったことを思い出し、うーん、と考える。
天気がいいので公園でのんびりするだけでも気分は良さそうだが、せっかくお出かけするのだからもう少しお出かけらしいのがいいかもしれない。
「動物園かな」
「…………」
私の返答に、鉢屋は微妙な顔をした。なんというか、なんとも言い難いような微妙な顔だ。強いて言うなら呆れているというのが1番近いかもしれない。
まさか、ここで諭してきたり、先生やなんかにチクるつもりはないよな?と少し身構える。もしそういう話になったら、あんただって遅刻してるくせに。と言ってやろう────そう思っていたのだが。
鉢屋は気だるげな目をしたまま、自転車の後ろを指さして言った。
「乗ってくか?」
「え?」
190118
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