鉢屋の突然の提案に、ぼうっとしながら面倒な冗談だなぁと思っていたら、くるりと自転車の方向を変えた鉢屋は「ほら、」ともう一度荷台を指さした。どうやら、冗談ではないらしい。
今日初めて話すクラスメイトの自転車の後ろに乗って一緒に動物園に行くなんて、よく考えたら変なのかもしれない。だけど、いつも「露子ちゃん変だよ〜」とおかしそうに笑ってくれる友達は生憎チャイムに間に合っているのだろうし、そうしてこの場のだれもそんなこと言わないのなら、これは普通のことのような気もした。
天気がよくて、学校は既に遅刻で、動物園に行きたいと言ったら自転車に乗せてくれる人がいた。ラッキー。
私は通学の鞄の持ち手をそれぞれの肩にかけてリュックみたいにして、鉢屋の自転車の後ろに跨り、両手でしっかり荷台の端に捕まった。
「お前、それで落ちるなよ」
「うん」
「ちゃんとつかまってろ」
そう言った鉢屋が、ぐ、とペダルを漕ぎ出す。
すると、ふわ、と扇風機がついた時のような心地よい風が顔にかかって、私は思わず目と口を閉じた。自分の足で漕がない感覚は、なんとも心許なくて不安だが、彼なら転んだりはしないだろう。
自転車は徐々に速度を上げ、それから一定の速さを保って夏空の下を進んでいく。ペダルを漕ぐ音は心地よく、体を切っていく風は、夏めく気候には最高のものだった。
「わぁ、涼しい!」
「だろ」
「鉢屋、もっとスピード出して」
「馬鹿、事故にでもあったらどうする」
鉢屋は私を窘めて、「考え無しな奴だ」とかなんとか言っているが、夏の空気を吸い込むことで精一杯な私にはほとんど聞こえなかった。私の耳は割と都合のいい作りをしている。
「動物園って言ったら、とりあえず駅まで行って、電車だな」
「そうだね」
「坂では降りろよ」
「うん」
綺麗なものは好きだ。綺麗なものに囲まれれば、ただの一日として消えるはずの日が、かけがえのないものになる。
私は、「下り坂もだからな、危ないからな。」と念を押す鉢屋に、向こうの空に大きな雲があることを教えてあげた。
190118
(※自転車の二人乗りは道路交通規則違反です。危険行為となりますので、絶対におやめください)
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