【やなぎのした】肆


寄って来れば手を振って追い払う。

話し出せば聞かぬふりしてそっぽを向く。


そんな素っ気ない俺の態度に師匠は苦笑した。


「そう邪険にするなよ、黒兎。お前の弟分だぞ。」


自分でも解ってはいる。

ただ今まで『下』がいなかったから、初めて出来た『弟』の扱いにひどく戸惑っているだけだ。





【兄弟】





「俺ぁ今から仕事に行くけどよ、お前ら絶対今日は山に入るんじゃねぇぞ。」


どうも朝から様子がおかしいと再三警告する師匠を、「さっさと行けよ」と一蹴。


「言われなくても分かってる。頼まれたって入らねぇ。」

「まぁ、お前はそうだろうが……分かったか?幻。黒兎の言うこと、ちゃんと聞くんだぞ?」

「はい!」


隣で元気良く返事をする幻殃斉を、黒兎は胡散臭そうに見た。


(こいつ…本当に分かってんのか?)


「んじゃあ行ってくるわ。」


そして師匠を見送ると案の定、数分と待たずに幻殃斉が口を開いた。


「黒兎、黒兎。そういえばさっき、里の子どもが山の入口で妙な女人に会ったとかで―…」


いつもいつもどこから話のねたを仕込んで来るのか。

呆れを通り越して、いっそ感心してしまいそうになる。


だがそれを手放しに褒めることが出来ないのは、その度に纏わり付いてくる灰色の靄のせいだ。


(あぁ、始まりやがった…)


この世のものではないものに好まれやすい黒兎と、この世のものではないものを呼び集めやすい幻殃斉。

あまり相性が良いと言えない上、幻殃斉の方は無自覚というから質が悪い。


皺寄せは全て黒兎の方にやって来る。


(この靄が見えねぇなんて、こいつ、修験者に向いてねんじゃねぇか?)


ぱたぱたとそれを払いながら、いつものように幻殃斉の話を右から左へ。

相槌どころか背中さえ向けて、黒兎は日課に取り掛かる。


食事の後片付け、食料や薪の残量確認、師匠の道具磨き、それから―…


(…しっかし、今日のは何時にも増して粘っこいな…)


一向に晴れる様子のない現状に舌打ち。


師匠の言っていた、山の様子と何か関係があるのだろう。

ここらで念のためにもう一度、自分からも幻殃斉に注意しておくか。

そう考えた瞬間、黒兎はふと辺りが静まり返っていることに気が付いた。


「おい、げ、ん……?」


振り向くと、そこに弟分の姿はなかった。

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嘘つき、ロンリー。