【やなぎのした】伍
(里の子らの話によれば、この辺り……)
件の場所へと向かいながら、幻殃斉は一人置いてきた兄弟子を思い、少し憤慨していた。
(全く…黒兎も意地っ張りだな…)
怖いのなら怖いと言えばいいものを、と一人ごちる。
当の本人が聞けば拳骨でも降ってきそうだ。
だが幸いなことに黒兎はおらず、また不幸なことに訂正も入らなかった。
そのため妙な勘違いをしたまま、妙に意気込む幻殃斉。
(自分がしっかりしなければ…黒兎を守ってやらねば……)
「……ん?」
不意に足を止める。
(こんなところに家なんてあったか……?)
それはどこか、見覚えがある気がした。
【迷家】
どこにでもありそうな一軒家。
こんな日のある内から明かりでも灯しているのか、家内の人間の影が幾つか障子に映り、蠢いている。
それが少し不気味に思えて、幻殃斉は声を掛けるのを躊躇われた。
「……坊?」
そうこうしている間に、障子の向こうの誰かがこちらに気付く。
「坊じゃないですか。」
「遅かったねぇ、坊。どこまで遊びに行ってたんだい?」
また別の声。
ますます幻殃斉は戸惑った。
その口振りからして、向こうは自分のことを知っているようだが、分からない。
「旦那様もおかみさんも心配なさってましたよ。早く顔を見せて安心させてあげてくださいな。」
「どら、ちょっくら旦那達を呼んで来ようかね。」
誰かと勘違いしているのか。
ならば人違いだと早く教え
「××××」
呼ばれた名に、身体が固まった。
『名はな、この世で最も短い呪なんだよ。』
脳裏に過ぎる師匠の声。
慌てて頭を振り、振り払う。
(違う…私の名は、げん)
「ようやっと帰って来たかい、馬鹿息子。商いの手伝いもしないでどこほっつき歩いてたんだい?」
「まぁまぁあなた。××××も遊び盛りなんですよ。××××、もうすぐ夕餉の支度が出来ますからね。」
ほんのり漂う味噌汁の匂い。
心なしかその温もりまで伝わってくるようだ。
「全く…ほら、どうしたんだい?早く上がっておいで。」
抗いようのない、その優しい声は一体誰の物だったか、
(違う…違う違う違う!)
「お帰り、××××。」
「違うっ!わたしはっ……」
一面に飛び散った、ち。
折り重なる、かばね。
その光景を前にしたわたしは、
(わたしは、だれだ?)
「……あらぁ、珍しいお客さんやねぇ?」
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嘘つき、ロンリー。