【やなぎのした】陸
すぐに幻殃斉の後を追ったものの、なかなか見付からなかった。
里の子供らに聞いても、誰も口を揃えて知らないと言う。
(くそっ…)
里でなければ山しかない。
そう足を向けた矢先、見慣れた姿が倒れているのを見て、一瞬ヒヤッとした。
「幻っ!」
慌てて駆け寄り、その身体を抱き起こすと小さく唸り声が上がる。
「うぅ…っ…黒兎……」
目は覚まさない、が気絶してるだけで他に異常はなさそうだ。
ようやく安堵の息を吐く。
「…ったく…心配掛けさせやがって…」
「黒兎?あんさん、黒兎っていうん?」
その瞬間、黒兎の肩が小さく跳ね上がった。
【山姥】
「懐かしい名前やわぁ。」
顔を上げれば見知らぬ女が一人、自分と幻殃斉を見下ろしていた。
人間の気配はしなかった。
それどころか、あやかしの気配すら感じなかった。
(ならば、これは何だ?)
初めて遭遇する得体の知れないものに、無意識の内に幻殃斉を抱き寄せれば、女がそれに気付いたように小さく笑う。
「うちはね、“神戸のおばさん”いいますぅ。」
神戸、と反射的に繰り返して何かが記憶に引っ掛かった。
『神隠し』。
「…あんた…知ってる……」
前に師匠が言っていた。
友人を連れ去ったもの、だと。
「幻を…どうするつもりだ?それとも、俺を…?」
「げん?」
ふと不思議そうに女が繰り返す。
「黒兎に、げん?」
腕の中で幻殃斉が呻いた。
だが女から視線を外すことは出来ない。
また女が笑う。
「妙な縁やねぇ…」
けどあかん、あかん、あかんのや。
どんなに幽世に近しい身でも所詮は里の血、里の男。
せやからあんたらは連れていけへん。
「残念やけどねぇ…精々二人、仲良くしなはれや。」
甘く優しい声音で言うと、女はあっさりと背を向けた。
微塵の未練も感じさせないその後ろ姿に、思わず黒兎が手を伸ばす。
「黒兎…?」
ふと我に返れば、女の姿はどこにもなかった。
「っ…大丈夫、もう大丈夫だからな…げん……っ」
そしてようやく目を覚ました弟弟子を、黒兎は泣きそうになりながら力の限り抱きしめた。
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嘘つき、ロンリー。