【狐火】幻殃斉と兄弟子


※時系列的に『海坊主』の後の話。







「やややっ!誰かと思えば黒兎ではないかっ!いやはや何たる奇遇っ!」

「………」

「これぞ正しく、巷で噂の赤き糸!いや好敵手を結ぶは青き糸か!?」

「………」

「………」

「………」

「………なぁ、お主。少しは愛想良く出来ぬのか?」


それまでひらひらと踊らせていた扇子を、幻殃斉はつまらなさそうにぱたんと閉じた。

その瞬間を待っていたかのように黒兎が口を開く。


「…ご主人。これも呼んだんで?」


ただし、その相手はそれまで静かに事の成り行きを見守っていた宿屋の主だった。


「え、あ、いや。柳殿はたまたま客人として来られていて…」

「ふ、ふふん!み、みどもと張り合うのが怖いのだろう?ん?」


急に話を振られてどもる主人。

無視された挙げ句「これ」呼ばわりをされた幻殃斉は、口元を引きつらせながらも何とかそれを扇子で隠した。

それらをしばらく見比べた後、黒兎は溜息を吐いた。


「……俺ァ帰る。」

「な、何とっ!?あ、こらっ待てぃっ!!」


有言実行、間髪入れずに腰を上げる黒兎。

幻殃斉は慌ててその袖を引き留める。


「…一人居りゃあ十分だろ。それに、」


面倒事には巻き込まれたくねぇんでな。

そう黒兎が小さな舌打ちと共にそう吐き捨てた。


「め、面倒事とは…?」

「あ?気付いてねかったのか?」


怯んだ幻殃斉を見て、ようやく黒兎は初めて笑った。


「厄介なもんに憑かれたみてぇだなァ?」


いかにも愉しそうに、唇を歪めて。

見透かすように、目を細めて。


「なァ、幻殃斉?」


普段はあまり呼ばれぬ名を呼ばれ、思わず唾を飲み込む。




「海で、何にアった?」




黒兎はますます笑みを深めた。






「旦那も、お人が悪い…」

「あ?」


畳に転がった幻殃斉を横目に、薬売りと黒兎が酒を酌み交わす。


「何のことだ?」


素知らぬ顔でそう返した後、黒兎はふと思い付いたようにくつくつと喉を鳴らした。


「これァ狐の仕業だよ。なァ、薬売り。」

「…かも、しれませんねぇ。」


戯れを肴に、杯の酒は飲み干されていく。



酒宴は未だ、始まったばかり。




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嘘つき、ロンリー。