【悟り】薬売りと元賊の男
綺麗な歌声に誘われて塀を飛び越えれば、そこはそこいらで最も力を持った大地主の屋敷で、
気付いた時にはもう遅くて、
腕に抱えた娘子の、赤ん坊のように泣き叫ぶ声に、
泣きたくなった。
「初めは、よ…綺麗なもんがただ見たかっただけなんだ。」
見たかった。
そう、本当にただただ、純粋に、
その胸の内を、
綺麗な綺麗な赤色に潜む、綺麗なものを、
なのに、
「初めて触れた時は、本当に綺麗だったんだよ。これが同じヒトなのか、って驚いて…何でだろうな、少し嬉しかった。」
なのに、
「それなのに…いつからだろうな…」
罵詈雑言が突き刺さり、
綺麗だと思っていたそれは、錆びた刀のように痛くて、
ぎりぎりと、
ざらざらと、
「…生き辛くなってきたもんだよ、まったく。」
あの娘がきっかけだった、とは言わないけれど、
いつの間やら世界は醜いもので溢れて、
お綺麗なのは、仮面だけ。
「明治…いや、もう大正に変わったか?どっちにしろ随分と長生きしちまったもんだ。」
そうして生きた分だけ仮面は増えて、
見たくないものは増して、
見たかったものは遠ざかって、
「…さぁ、真も理も話したぞ、薬売り。…いや、大丈夫。いつもは見るばかりだったから少し疲れちまっただけだ。」
だから、
「だから、約束通り」
××ておくれ。
生まれて初めて、この世で最も醜い言の葉を吐いた。
【悟り】甲
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嘘つき、ロンリー。