河の神と少女の兄02


「ハ、ハク、様…っ」


聞こえてくるのは荒い息遣いに忙しない足音、そして縋るように己の名を呼ぶ声。

姿は見えずとも、その懸命な様は容易く思い浮かべることができ、ハクは胸が締め付けられるように痛んだ。


だが、ここで振り向く訳には、足を止める訳には、いかない。


それは何よりケントのためであり―…



「ハクっ、さまっ…!」



思わず口元が弛む。


(そう…これはケントのため、仕方のないことなのだ…)


ケント自身がここ『油屋』で強く成長するため。

いざという時に、自分がケントを守るため。


あえて、突き放す。


(あぁ、なんて可哀想なケント…)


どんなに尤もらしい言い訳を並べ立てたところで、非道なことをしていることは自分でも分かっていた。

だが何も知らないケントは、ただひたすらハクを追い求めるだけ。


再び胸が痛み始める。



(可哀想で、可愛い、私のケント。)



ほんの少しの、高揚を帯びて。


「…すまない。」


ようやく周囲に人気がなくなった頃、ハクは足を止め、背後のケントへと振り向いた。

つられて立ち止まったケントは少し苦しげに肩で息をしている。


「疲れただろう。少しゆっくり歩こうか。」


そして差し出された手に一瞬躊躇いながらも、結局、安堵したようにそこに己の手を重ねた。

その姿にハクは切れ長な目を微かに細め、柔らかく微笑む。


(この手を払い除けた時、ケントは一体どのような表情をするのだろう…)



ケントは、何も知らない。




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(ほーたる、こい)


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嘘つき、ロンリー。