仮想の物語
ささやかな記念日
※本編終了後。
「よし、デートに行こう!」
それまで目の前のソファーを一つ占拠し、ゴロゴロと寝転がっていたアンリが突然、ガバッと身を起こしたかと思えば、そんなことを言い出した。
それに思わず溜め息をこぼしてしまう。
「お前…今俺が何しているのか、見えないのか?」
いや、そもそもここをどこだと思っているのか。
軍部より与えられた俺の執務室で、空賊であるアンリにとっては敵地のはず。
いくら今は俺の「知人」として認識され、何も見咎められることなく部屋に通されているとはいえ、誰がいつそれに気付くとも限らない。
そんな危険な場所で一体何を暢気なことを言っているんだ、なんて思いつつ、俺はまた手元の書類に目を落としてサインを施した。
「いいじゃん、息抜き息抜き!気分転換は必要だろ?」
恐らく、いつまで経っても仕事の終わらない俺を待っていることに飽いただけ。
いつものことだ。
だから毎度「用もないのに来るな」と口を酸っぱくして注意しているのだが、その度に「だからケントに会いに来てるんだろ?」と不思議そうに首を傾げられ、言い返せなくなることも結局はいつものこと。
「……街に行くにしても、その格好で行くつもりか?」
「え、これじゃダメ?」
「あまり目立ちたくはない。」
ついでに言えば先程まで寝転がっていたせいで、余所行きだろう折角のスーツが少々皺になってしまっている。
俺に言われて、改めて自身の姿を見下ろしたアンリは気にも留めていないようだが。
「じゃあさ、ケントの服貸して?」
「体格差を考えろ。俺のサイズだと入らないだろ。」
「あー…確かに、ケントの腰ほっそいもんなぁ…その内抱き着いたら、ぽっきり折れそうで俺もちょっと怖いかも。」
「…………」
別に腰回りに限った話ではなかったが、それで納得したのなら…とそのままにしておいた。
代わりに「そう思うんならもっと手加減しろ。それかもう抱き着くな」と言ってやれば、「えー」と不満の声が返ってきたが、それもそのままにすることにした。
「とにかく、デートはなしだ。もうしばらくそこで大人しくしておけ。」
そしてきっぱりと外に出る意思がないことを伝え、処理したばかりの書類を束にして揃えると脇に置き、次の分へと取り掛かる。
とりあえず今日中に必要なものはこれが最後だ。
さっさと済ませて、アンリがまた何か言い出す前にここから連れ出そう。
だが、ふと目の前にいるはずの空賊が黙り込んだことに気が付いて、訝しげに顔を上げた。
「アンリ…?」
「…しょうがないなぁ。」
渋々といった口調、だというのにその顔は締まりなくニコニコと笑っている。
明らかに上機嫌な様子に心当たりはなかったが、そんな俺の戸惑いに構うことなく、アンリは再びソファーに懐くのだった。
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(君が『デート』だと認めたから、)
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嘘つき、ロンリー。