天知と記憶喪失04


※モブ注意。山田(仮名)。






ここ数日、光嶺内は玄兎派と樋口派の敵対によって不穏な空気に満ちていた。

ただの派閥同士の小競り合いならまだしも、樋口派の二年が玄兎派のトップに怪我を負わせたのが事の発端。

決してそれは『三年越え』なんて大それたものではなく、単なる事故だったようだが、故意かどうかは玄兎派の人間にとって関係なかった。


重要なことはただ一点、「玄兎が害された」という事実のみ。


当事者らはすでにその報復を受けていたものの、玄兎派の怒りは納まらず、攻撃対象は今や樋口派全体にまで広げられていた。


そこで事の収拾のために動き出したのが、樋口派二年『不死身の東郷』だったのだが―…



「誰、お前?」



暗に「お前じゃ役者不足だ」と向けられた無機質な眼差しに、東郷は一筋縄ではいかないことを覚悟した。









「…樋口派二年の東郷です。」


ふざけたクマのトレーナーを着ている癖に礼儀正しく頭まで下げた相手に、一瞬驚いてしまったものの、その名前を聞いて納得した。

多分これが天知が話していた『不死身のトウゴウ』で、年功序列を大事にするタイプだというのは本当らしい。

普通、通り名があるほどの有名人なら「誰?」なんて喧嘩を売られたも同然で、ブチ切れても誰からも文句は言われまい。


いや、それとも―…


『記憶がないことは黙ってた方がいいだろうねぇ…よからぬことを考える連中がいないとも限らないし。』

『でも同学年以外、顔も名前も全く分からないぞ?』

『分からない時は直接相手に聞いたらいい。普通に応えてくれる。そもそも玄兎は他人に興味関心がほとんどなかったからねぇ…多分自分の派閥の人間だってろくに覚えてなかったと思うよ。』

『…………』


穏やかな口調で悪口でも言われてるのかと思ったが、天知の助言に従って記憶喪失を隠していても誰一人バレていないところを見ると、周囲にはすでに「そういう人間」として認知されているのだろう。


なんせ俺も今は「まともじゃない」と言われる、光嶺三年の一人だ。


「それで?」


気を取り直して話の先を促すと、「先日、うちの二年が玄兎さんにご迷惑をお掛けした件についてですが…」と話し出すトウゴウ。

どうやら思った通り用件は謝罪と手打ちの申し出のようで、俺は少しだけ考える素振りをしてみせたが返事はとっくに決めていた。


「まぁ、いいだろ。」

「玄兎さん!?」


後ろに控えていたヤマダが慌てたように声を上げ、トウゴウも驚いたように目を見開く。


ぶっちゃけ、階段から落とされたこと自体覚えていないので当事者意識はほとんどなかった。

ここ最近校内が騒がしいな…と他人事のように思っていたらヤマダが嬉々として戦果報告にやって来て、そこで初めて俺が原因だと知ったぐらいだ。

そして、タンコブ一つの報復に対して過剰すぎるそれらにドン引きした。


止めろ、俺のために争うな。


「いいんですか…?」

「あぁ、別に…」


記憶の方は病院で「自然治癒を待つしかない」と言われ、今のところ戻る気配はないがそれほど支障も感じない。これはきっと天知のおかげだろう。

なので、俺的にはここらで幕引きしても何の問題はなかったが、それを頼みに来たはずのトウゴウは何故か微妙な顔付きだ。


まぁ、確かに派閥トップという立場を考えれば「樋口を出せ」と駄々をこねるぐらいした方が良かったかもしれない。

が、実際出されたところで何をすればいい?喧嘩か?あの樋口相手に?冗談じゃない。


大体、今も光嶺に残ってる連中なんて、「なんちゃって三年」の俺とは違って正真正銘の光嶺三年、まともじゃないのは確実だ。天知を除いて。


そういや天知と言えば、前に飲み物奢ってもらってそのままだったことを不意に思い出し、そして閃いた。


「じゃあ、今度何か奢れって樋口に伝えとけ。」


これぐらいならいいだろう、後はスルーしようがどうしようが樋口に任せる。

もし本当に飲み物でも奢ってくれるというなら、その時は天知の分も頼もう。


そして俺はトウゴウの返事も待たずに、未だ不服そうな表情のヤマダを伴ってその場を後にしたのだった。





静かなる代償

(玄兎、飯行くぞ。)
(樋口…え?は?)
(奢れって言ったのはテメーだろうが。)
(いや…え?)

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嘘つき、ロンリー。