天知と記憶喪失03
※モブ注意。山田(仮名)。
いつもの釣り堀で、いつものように釣りに興ずる天知の背後に控えていた正蔵は、いつもとは違う光景を前に戸惑いを隠すことが出来ないでいた。
「どうだい?釣れそうかね?」
「さぁ…どうだろうな…」
天知と肩を並べ、天知に倣って釣り糸を垂らす光嶺三年の玄兎。
最近、何故かよく行動を共にすることが増えているのだが。
『玄兎、こいつはうちの一年でね、正蔵って言うんだ。と言っても、うちには正蔵一人しかいないんだけどねぇ…』
『へぇ…』
『よ、よろしくお願いします…』
『俺なんかの下に付いた、まったく変わったやつでねぇ…』
『いや、何となく気持ちは分かる。俺も今、天知の派閥に入れてもらいたいぐらいだ。』
『え!?』
思わず声を上げてしまった瞬間、チラリと向けられた玄兎の視線に正蔵は正直生きた心地がしなかった。
背筋をざわつかせる、冷めた流し目。
天知が苦笑しながら間に入らなければ、堪えきれずにその場で土下座ぐらいしていたかもしれない。
『仮にも派閥のトップが他の派閥に入りたいなんて、冗談でも滅多なこと言うもんじゃないよ。』
『結構本気なんだけどな。』
そんな玄兎相手に軽口を叩き合うことの出来る天知は流石だ、と改めて尊敬しつつも、いつもとはどことなく様子の違う大恩人に正蔵は気付いていた。
「さて、どこまで話したっけね?…あぁ、そうだ。それで樋口のところの―……」
「…へぇ…じゃあ……」
何を話しているのか詳細までは分からないが、どうやら珍しく天知の方が話し手に回っているらしい。
普段は静かに相手の話に耳を傾けて思慮深く構えている、あの天知が。
それも、どこか楽しげに。
(……天知さんが楽しいとなら、俺は別に構わんとたい…ただ……)
「玄兎さん!そろそろお時間です!」
突如釣り堀に響き渡った声にハッと我に帰った正蔵。
いつの間にか天知と玄兎の側に一人、光嶺生の姿があり、これでは見張りを兼ねて控えていた意味がないと己を叱咤しながら慌てて駆け寄った。
それに気付いた天知が声を掛ける。
「そうだ、正蔵。お前、うちは二人しかいないから情報入手が難しくて困るって前に言ってたろ?」
「え、あ、ハイ…?」
「今度何かあったら、その時は玄兎派の人間を頼ったらいいよ。」
「え?」
「じゃあうちの…えっと、名前何だっけ?お前。」
「はい!山田です!」
「ヤマダ、今天知が言った通りだ。何かあったらこの正蔵に協力してやるように他の連中にも伝えておいてくれ。」
「はい!」
玄兎の言葉にビシッと軍隊並みの敬礼で応えたのは玄兎派二年幹部で、正蔵も知っている有名な男だ。
その顔にはまるで神からの啓示を授かったかのように恍惚の笑みが浮かんでいたが、正蔵の方に向き直った瞬間、全く別のものに変化していた。
「よろしくなァ?一年。」
引き攣る口元。微塵も笑っていない目。
自分の名前は玄兎に覚えられてなくて、正蔵の名前は玄兎に覚えられている。
恐らく、それが面白くなくて心底腸が煮えくりかえっているに違いない。
そう殺気を感じ取り、正蔵は思わず後退りしそうになった。
「じゃあ天知、またな。」
「あぁ、くれぐれも気を付けるんだよ。」
そんな後輩達の殺伐とした空気を余所に、玄兎は天知と和やかに挨拶を交わしてその場を後にしたのだった。
仁義なき前哨戦
(あ、あの、天知さん…)
(ん?何だい?)
(自分も聞いた話じゃあここ数日、「玄兎派と樋口派が揉めてる」って話でしたが…)
(あぁ、そうだねぇ…)
(今のこの状況、下手すりゃあ自分達が手を組んで抗争起こす準備をしている、なんて疑われたりしませんかね…?)
(んー…まぁ、大丈夫だとは思うけどねぇ…)
(そう、ですか…いえ、天知さんがそう言うならいいんですが…)
(……悪いねぇ、正蔵。もうしばらく心配掛けさせるかもしんないよ。)
(え?)
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嘘つき、ロンリー。