もしかして:喜劇?
犬彦と風神(笑)
※『負け犬』
悪党蔓延るここ鈴蘭城の新しき覇者『魔王』犬彦は上機嫌だった。
思わず弛んでしまう口元にも構うことなく、むしろ今にも鼻歌を歌いながらスキップでも踏みだしそうなほど軽い足取りで、玉座の間へと向かっていた。
幸か不幸か「勇者一行襲来」の一報により手下のほとんどが出払っている今、その姿を目にする者はいなかったが、いれば恐らくあまりの恐ろしさに慄いていたことだろう。
元来の悪人面に浮かぶその笑みは、それほど悪どいものだった。
が。
「勇者の討伐?それなら、さっきエレキングを向かわせた。」
「なん、だと…?」
『魔王』の腹心、幹部の一人である『風神』玄兎の言葉に一転、いやそれどころか更なる凶悪面へと変貌。
どこからともなく「ヒ…ッ!」と小さな悲鳴が上がり、それを聞き咎めた玄兎は面倒臭そうにヒラリと片手を振って自身の周囲に侍る者達を下がらせた。
そして、それら後ろ姿を見届け、犬彦と二人っきりになったところで溜め息を吐き出す。
「心配せずともアイツのことだ、すぐに終わるだろ。」
「誰もそんな心配はしてねぇ…!何でエレキングを行かせやがったんだ?勇者一行が来たら俺が行くって言っておいただろうが…!」
「いきなり勇者に魔王をぶつけるわけにいくか。物事には順序というものがある。」
「クッソォォォォッ!魔王になればいつでも負けられると思ったのに…!折角のラスボスポジション、『強くなったな、我が息子よ…!』的なことがやりたかったのに…!」
「そこはせめて『弟』だろう。もしくは子作りしてから出直してこい。」
「ぐっ…!」
「それにどうせエレキングの腹パン一発で沈む連中だ。端からお前の相手にならないに決まってる。」
「そんなのやってみねぇと分かんねぇだろうが!勇者をナメるんじゃねぇ!」
「どの立場で言ってる?お前、魔王だろ。」
「じゃあ玄兎!お前、肩書きは一応『参謀』なんだし、勇者側のセコンドにつけよ!」
「………」
とうとう無茶を言い出した犬彦に「もういっそのことお前が勇者になれよ…」と喉まで出かかった言葉を飲み込む玄兎。
今でも十分面倒だというのに、言えば更に面倒なことになるのは明白だった。
まず間違いなく「負けの美学」なるものを長々と熱く語って聞かされるに決まっている。
エレキングがいれば、適当なことを言って代わりに犬彦の相手をさせるのだが、残念ながら今頃勇者一行に腹パンを喰らわせている真っ最中だろう。
他の者は、他ならぬ玄兎自身がつい先程追い払ったばかりだ。
(あー…ほんとめんどくせぇ…)
そして、また一つ溜め息を吐き出した。
「―…聞け、皆の者。」
『エレキング』が勇者一行を撃破したことで大歓声に包まれた玉座の間。
そこに、その声は響いた。
決して大きくはない、低く冷たいそれはまるで吹き荒ぶ嵐の如く。
しん…と静まり返ると同時に全ての視線が玉座へと、そしてその傍らに佇む者へと向けられる。
「魔王犬彦は非常に退屈されている…そのため、これまで以上に我が鈴蘭城の悪名を広く轟かせることに専念し、次なる勇者の出現に備えろ。いいな?」
誰かが息を飲む音が聞こえるほどの静寂。
が次の瞬間、呼応するようにドッと雄叫びが上がるのだった。
俺達が負けるのはこれからだ!
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嘘つき、ロンリー。