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第五話

「銀さん、やっぱり僕達もお見舞いに行きましょうよ」
「馬鹿かオメェ、他人の俺らが行ったところで何になんだよ」

そう言って、ソファーに寝転びながらジャンプを読む銀さんを見る。
昨日、冨喜さんとときおみ君は夕飯を食べた後、帰ってしまい。今日が来てしまった。なんの約束も交わせなかった僕達の万事屋にときおみ君達が来ることはない。

「他人だなんて、ときおみ君のお父さんが何言ってるんですか」
「なーにぃ?つまり新八君は、冨喜のオヤジに『具合どうですか?あ、俺、時臣の父です』って言えってか?お父様ビックリして腰抜かしちまうだろうが」
「いや、もうギックリ抜けてるんで、これ以上抜ける腰もないと思いますけど」
「ああ言えばこう言う。なんの?反抗期なの?………大人の事情ってもんがあんだよ」
「子どもの事情ってもんもあるんですよ」

そこまで言うと、銀さんが静かに僕を見て、そして顔にジャンプを乗せた。これ以上話すつもりはないという意味だろう。
これはお見舞いには行きそうにないな、と溜息を零す。時計を見れば、もうお昼を過ぎていて、そういえば、神楽ちゃん、遊びに行ったっきりお昼ご飯を食べに帰ってきていないな、と気付く。
今まで通りの日常なはずなに、何かが足りない。そんな気持ちを感じながら洗濯物を畳んでいると、玄関の戸が開いた。誰かお客さんかな?と思ったのだが、『ただいまアルー!』と明るい声が聞こえ立ち上がる。やっと帰ってきたらしい。

「おかえり神楽ちゃ……銀さんんんんんん!!!!」
「あ?んだよ、うっせぇな。んな、おっきな声出すんじゃねェよ、近所迷惑だろうが」
「アレ!!アレェエェ!!神楽ちゃんの後ろ!!」
「あん?後ろ?」

声が裏返った僕が指さす方向に銀さんも視線を移して、ピタリと固まった。
遊びに行っていたはずの神楽ちゃんの背中には、何故かおんぶされたときおみ君がきょとんとしている。

「か、神楽ちゃん?なんか背中に時臣に似た何かが乗ってんだけど?」
「拾ったアル」
「いやいやいや!!捨て犬じゃあるめぇし!!返してきなさい!!メっ!!」
「名前は定春30号アル。ネ、30号?……ワンは?」
「わん!」
「オメェは時臣に何プレイさせてんだ!!!!」
「うちで飼っていいアルか?ちゃんと面倒みるアル!」
「飼えるわけねェだろ!!馬鹿なのこの子!!オメェ今までの定春達の末路を思い返してみろよ!!いいから、時臣こっちに渡しなさい!」
「いやアル!」
「あの……これって冨喜さん知っているんですよね?……その、此処にときおみ君が居ること」

神楽ちゃんに言われるがままに、わん!わん!と楽しそうに吠えるときおみ君から銀さんに視線を移せば、銀さんの顔色が急激に悪くなり、飛び込むようにして居間に駆けていった。きっと冨喜さんに電話を掛けに行ったのだろう。居間から『誘拐じゃねぇから!!池?池エエエエ!?ないない落ちてない!!うちに居る!!うちに居る!!神楽が連れてきちまったみてぇで!冨喜ちゃんんん!?泣いてんの!?ごめんね!!!!』と慌てている銀さんにプっと吹き出しながらときおみ君を見れば、それはもう可愛い笑顔で『わん!』と吠えた。

僕はもう、こっちの日常のほうがいいな。


***


あの後、銀さんが電話した時には既にときおみ君がいないと病院では大騒動になっていたらしく、どうやら冨喜さんが医者の話を聞きに行っている間、お爺さんがときおみ君を見ていたらしい。いなくなってしまったときおみ君を病院全体ひっくり返すように探して、あとは中庭の池だけとなり、お爺さんが池に飛び込もうとしていたところに銀さんから電話がいったと、そんな感じだ。

そして、話の流れからときおみ君が父親のところに居るということをお爺さんが勘づいてしまったらしい。これには流石の銀さんも『電話の向こうで、誰だ!?時臣の父親じゃねぇだろうな!冨喜代われ!!殺してやる!!おっ、お父さん電話でどう殺すつもり、落ち着いて!って言ってたもん、俺、殺されるわ』と意外に上手い演技と声真似をしながら額を押さえていた。
『オメェのせいだぞ神楽!!えらい騒ぎになっちまっただろうが!!』と神楽ちゃんにゲンコツを食らわしていた銀さんを思い出しながら、両手を塞ぐ買い物袋を持ち直して帰り道を急ぐ。

どうなるのかはわからないけれども、もしかすれば、今日もまた冨喜さんとときおみ君と一緒に夕飯を食べられるかもしれない。そう思うと、両手の重い荷物も軽く感じてスキップしてしまいそうな僕の前で、スナックお登勢の戸が開いた。

「あ、お登勢さん。こんにちは!」
「えらく騒がしいじゃないか。来てんのかい?」
「はい!ときおみ君だけですけど」

そう言うと、店先でふっ、と煙草の煙を吐き出したお登勢さんの口許が少し笑っている。お登勢さんも何だかんだ、銀さんを心配しているのは僕達だって知っている。

「そういや、あの子、明日には一度向こうに帰るって言ってたけど、銀時とはちゃんと話したのかねぇ?」
「え?……いいえ。していないと、思います」
「そうかい。………そうだアンタ、銀時といつも飲んだくれてるあのグラサン男の名はなんだったか覚えているかい?」
「グラサン?……長谷川さん、ですか?」
「ああ、そうそう。たまー、ちょっと使いを頼みたいんだけどね」

急になんの話だろう、と首を傾げる僕の前で、お登勢さんがたまさんを呼んだ。そして、僕を見て『今夜アイツが飲みに行くようなら、何も言わずに行かせてやんな、わかったね』と言って店の中に入って行ってしまった。

お登勢さんは何かするつもりなのだろう。それが一体何なのか。そんなことを考えながら、万事屋に戻ると、神楽ちゃんとときおみ君が遊んでいる声が聞こえた。
居間では何故か神楽ちゃんが腕立て伏せをしていて、その下にときおみ君が仰向けに寝転んでいる。そして、神楽ちゃんが伏せる度に『ばぁ!』と変な顔をしているのか、今までに聞いたことがないくらいときおみ君が大喜びしていた。
なんというか……もう本当の姉弟みたいだ。
ときおみ君も最初出会った時を思うと、随分子どもらしく騒ぐようになってきたように思う。僕達の存在に慣れてきた証拠だろう。
銀さんはそんな二人を見るわけでもなく、じっとジャンプを読んでいて、でもチラ、チラと見ているものだから呆れてしまう。子どもの輪にどうやって入っていけばいいかわからない父親そのものだ。


「もー!!銀さん!だらだらするくらいなら手伝ってくださいよ!」
「あっコラ新八、テメっ」

ときおみ君と遊ばないなら、夕飯の手伝いでもしてもらおうと銀さんからジャンプを奪い取れば、手が滑ってジャンプが落ちてしまい、テーブルに当たって丁度良い感じでソファーの下にスッと滑り込む。銀さんが『あーあー、まだ二回しか読み返してねェんだぞー』とテーブルを動かし、ソファーの下を覗き込むようにして四つん這いになっているその姿に………この人、どんだけジャンプ好きなんだよ、と呆れてしまう。
この感じじゃ、手伝ってくれそうにないな、と『あれ?ない?あれ?俺のジャンプ!?』とソファーの下を覗き込んでいる銀さんのお尻を見ていれば、視界にとたとたと近寄ってくる小さな姿が映った。
その小さな存在は、さっきまで神楽ちゃんの腕立て伏せの下で遊んでいたときおみ君で、ハイハイで銀さんに近づいたと思えば、その小さな体をすぽん、と銀さんの体の下に滑り込ませている。

「え……なにこれ、え?なに?なんなの?」

四つん這いをしていた銀さんは急に自分の下に来た存在に驚いているのだけど、その後ろで僕と神楽ちゃんは声を出さないように笑う。
ときおみ君はきっと、腕立て伏せみたいな恰好をしている銀さんを見て、神楽ちゃんのように遊んでくれるのだと勘違いしているのだろう。
銀さんと向き合う形のときおみ君が期待の眼差しで銀さんを見ていて、笑いを堪えるのが大変だ。

「銀ちゃん、遊んでやれヨ。期待してるアル」
「は?遊ぶってなに!?銀さん、ジャンプ取りたかっただけなんですけど!?」

違うからね!と誰に向かって言っているのかわからないけれども、銀さんには無いキラキラした赤い目で見つめられている銀さんも流石に此処で何もしないわけにもいかないと思っているらしい。うぐぐ、という声を洩らしてから『しゃーねェなァ』と言ったと同時に、神楽ちゃんが邪魔になるだろうテーブルを端に退ける。
四つん這いから本格的な腕立て伏せの姿勢に変えた銀さんが『よっこいせ』と一度腕立て伏せをすれば、銀さんの顔が近づいてきたのが楽しいのかときおみ君が笑う。

「あー、くそ、だから嫌なんだよ、かっわいい顔しやがって、直視させんんじゃねぇつの」
「つべこべ言わずもう一回するアル」
「あー、はいはい。仰せのままに〜」

神楽ちゃんに言われるがまま、何度も腕立て伏せしていて、その度に笑い声をあげるときおみ君を見て銀さんも釣られたように笑っている。珍しいものを見た気がする。

「んな笑えるもんかねぇ?あー、腕立て伏せとか久々すぎてキッツイは、はぁ……んだよ、まだしてほしいのか?んっとに、ちゅーすんぞー」
「時臣、避けるヨロシ。菌が移るアル」
「んだとー!」

もうソファーの下にあるジャンプのことなんて頭から消えているのだろう。伏せる度にときおみ君の顔にちゅーをしている銀さんと、それを阻止しようとする神楽ちゃんが『やめろヨ!汚いアル!』と騒いでいて、ときおみ君は銀さんからのキスに逃げているように見えるがただただ楽しそうだ。
というか、この人ときおみ君にちゅうしまくってるんだけど、とあまりの絵面に少しぞっとしてしまう。ときおみ君のおでこや頬や鼻に、腕立て伏せをする度にちゅっちゅっしている銀さんが気持ち悪くて視線を逸らす。

「……夕飯作ろ」


***


予想通り、ときおみ君を迎えにきた冨喜さんを捕まえて、共に夕飯を食べることに成功した。ときおみ君は遊んでもらったからか、あれから銀さんにもにこにことしていて、銀さんも満更ではなさそうだった。そして、どことなく冨喜さんも、そんな姿を見て嬉しそうだったように思う。そんな夕飯に満足して自分の家に帰ってきたわけなんだけど………お風呂を上がった僕に掛かってきた電話で、また万事屋に向かっている。

万事屋、というより、スナックお登勢に。

内容は銀さんが酔っぱらっているから迎えにきてほしい、というものだった。いつもなら、そのまま表に放り出すあのお登勢さんがわざわざ迎えに来いだなんて。それに、家が離れている僕より、二階に居る神楽ちゃんを呼んだほうが早い。

「あー、なんだろう、怖いな。お登勢さん絶対何か企んでそうだし」

酔っぱらってるって……お登勢さんの言う通り銀さんはあの後飲みに出たのだろう。お登勢さん、長谷川さんのことも聞いてきたし、もーーーーーー、絶対何かあるよ。
そんなことを考え出せば、思考は止まらない一方で、だんだん足取りも重くなってくる。歩く足は止めずに両手で顔を覆い溜息を吐いていると、後ろから『新八くん?』と声を掛けられて振り返れば、そこには少し厚着をした冨喜さんが寒そうに身を縮こませて立っていた。

「え、冨喜さん?ど!どうしたんですか!?こんな夜に!?何かあったんですか!?」
「え?……あ!いえ、何もないの、驚かせちゃってごめんなさい。お登勢さんに呼ばれて今から行く途中だっただけで!心配してくれてありがとう」

冨喜さんの言葉に思わず『え』と声が出る。もうこれ絶対そこに銀さんが居るとか言ってないやつじゃないですか。なんかもう作戦が見えてきましたよ、お登勢さん。

「そ、そうだったんですか!ぼっ、僕も万事屋に忘れ物をしてしまって!あっ、あの、もしよければ一緒に行きませんか!?」

もっと自然に誘えればいいのだけれども、しどろもどろになっている僕を見て、冨喜さんが優しく微笑んでくれたことに、少しだけ心が落ち着いた。

「あれ?ときおみ君は?一緒じゃないんですか?」
「流石に深夜に近いから、今は夢の中。お登勢さんがたまさんに頼んでくれたみたいで、たまさんが家に居てくれるみたい」
「へぇ、そうだったんですね」

お登勢さん、もう完全に逃がす気ゼロじゃないですか。
隣を歩く冨喜さんを見て、僕の役割がだんだんわかってきた。きっと僕はこの為に呼ばれたのだろう。
冨喜さんをお店まで連れて来いってことだろう。連れて行ってどうすればいいのか、さっぱりわかりませんけど……こういうことって前もって教えてもらえたりするもんじゃないんですか?と思っている間に僕達はお店に着いていた。
僕が万事屋に行くと思っている冨喜さんが『では、ありがとうございました』と言ってお店の戸に手を掛けるのを黙って止める。

「じっ、じつは僕も用事があったんでした」

あはは、あはははと笑いながら戸を開ければ、案の定カウンターで酔いつぶれている銀さんが居て、お登勢さんが『やっと来たね』と言う。
周りを見渡せば、お客さんはいないようで、唯一、と、いうか、お客さんと呼んでいいのかわからない長谷川さんがテーブル席のソファーで酔いつぶれて寝ている。この人はきっと銀さんを酒に誘う為に使われたのだろう。

「あ?新八ィだァ?んだよ、神楽もいんじゃなねェか……ガキはクソしてさっさと寝ろってんだ、ったく」

相当酔っているのか、カウンターに突っ伏したまま焦点の合っていない目でぼんやりと僕を見た銀さんが、僕の後ろにいる冨喜さんを神楽ちゃんと勘違いしていて、なるほど、と思ってしまった。僕を呼んだのはこの為か。確かに銀さんは酔っていても気配に敏感だし。僕が居ればおのずと後ろの存在が神楽ちゃんだと思いそうだ。………まぁ、これも相当酔っていないと使えない手だと思いますけど。
でも、じゃあ、冨喜さんには黙っていてもらわないと、と、後ろで不思議がっていた冨喜さんにシーとジェスチャーをする。

「ちょっと銀さん!帰りますよ!もう!こんなに飲んで!」
「うるへー!今日はな、飲んでいい日なんですぅー。飲まねぇとやってけないんですぅ。ババアもそう言ってんだよ!なぁ、はせがわさん!」
「いや、それ、長谷川さんじゃなくて置物のタヌキなんですけど」

止める気なんて無かったけど、形だけと注意すれば、徳利から直接口に酒を流し込んだ銀さんの頭がゴンっという鈍い音を立ててカウンタ―にぶつかる。もう、これ絶対二日酔いだよ。薬用意しておかないと。

「いっつも、いっつも……手に入りそうになった瞬間消えちまう」

うー、ひっく、と酒の飲み過ぎで跳ねる背中を擦ろうとすれば、お登勢さんにその手を止められた。何もするなということだろう。

「やっぱ俺には家族って向いてねェんだよ。ババアもそう思ってんだろ。おらぁ、いっつも、どこで間違えのかね……こんなに望んでんのによ。人生の80%は厳しさでできてるっていうけどよ、厳しすぎんだろうが。俺なんていっつもこんなのばっかだからな……ただまぁ、悪いことばかりでもねーよ……俺に子どもがいんだから」

カウンターに突っ伏して、ぼそぼそと話し出すその声に誰も返事はしない。銀さんも誰かに話しているわけじゃない。

「何がよく考えろだ……おらぁ考えてるっつの、幸せに向かって爆走中だってーの……信じてもらえてないんだろうな……ババア!!酒くれ!!」
「はいはい。ほんと世話が焼けるねぇ」

静かに落ち込んでいると思いきや、急に酒を要求した銀さんにお登勢さんが新しい熱燗をだしていて、それをフラフラした銀さんがまた水みたいに一気飲みしている。

「四年前に結婚を考えてたんだぞコッチは!!ガキが出来たのだって俺がアイツの目を盗んでコンドーム着けなかっただけだかんね!!なのに、出来る気配ねーし!!あれ??もしかして注ぎ足りなかった??とか悩んだ夜もあんだからな!!じゃあ、出来てっし!!!!冨喜に似て可愛いとか!!!!もうなんなんだよ!!!!俺はただアイツを悩まして傷つけただけじゃねぇかよ!!もう殺せよ!!」


急に叫び出したかと思えば、うわぁああああああ、とまたカウンターに突っ伏した銀さんに思わず頬が引き攣る。やっぱり、冨喜さんが妊娠したのはこの人が計画したことだったんだ。本当最低だなこの人。

「どうすりゃ……俺はあいつ等の家族になれんだよ……どうすりゃ時臣の父親になれんだよ……どうすりゃ……冨喜の夫になれんの……教えてくれよバーさん。奇跡的に結婚の経験あんだろうが……教えろ」

うわ言のように零す銀さんを見てから、後ろにいる冨喜さんを見れば、泣いてこそいなかったけれども、その瞳は濡れていて。泣くのを我慢しているようだった。

「さっきからずっとこの調子さね。まったく……そのまんま本人に言やいいじゃないかい」
「あ?なに?」
「本人に言やいいだろって言ってんだよ、この酔っぱらいが」
「言う?……馬鹿言うなよ、今言ったところで、アイツを更に追い詰める形になんだろうがよ……あーーーーくそ……家族になりてぇ」

もう体を起こすことも出来なくなってしまったのか、突っ伏したままぐしゃ、と髪を掻きむしる銀さんは知らないだろうけど、冨喜さんが僕とお登勢さんにゆっくり頭を下げてお店を出て行った。
それを見送ってお登勢さんがソファーに寝ていた長谷川さんの頭を叩き『もう用済みだよ!!さっさと帰んな!!』と言っていて、僕も僕で寝落ちした銀さんの体を揺する。

「銀さん、帰りますよ」
「うっ、揺らすな、気持ち悪っ、んあ?しんぱち?おめ……いつ来たんだ?」

体も顔も真っ赤にして、ぐらぐらと頭を揺らす銀さんに『さっきですよ』と言って、その、僕よりも大きい体を支える。
こんなに大きいのに、大人になっても悩みは絶えないものなのだと知ることができた夜だった。


***


「あーーー、ぎぼじわるい。しんぱちィ、いちご牛乳」
「もう、自分が悪いんですから、自分で取ってくださいよ」
「うるせぇ、大きい声出すな。頭に響く」
「大きい声なんて出していませんよ。ほら、しっかりしてください」
「もう酒やめる」

うー、うーと唸りながら寝室からのっそりと歩いてきた銀さんの前に冷たいいちご牛乳を出せば、それをゆっくりと飲んでいる。どうやらこの様子なら、昨日のことは覚えていないのだろう。
それで良かったような、これじゃ駄目なような、そんな微妙な気持ちだ。
頭が痛いのか、ソファーにゴロンとなった銀さんの上にタオルケットを掛けていると、珍しいことに万事屋のチャイムが鳴った。

「うーーーー、頭に響く」
「あー、もー、しっかりしてくださいよ。お客さんかもしれないですよ」

チャイムの音が響くのか、耳を押さえながら大きな体を丸める姿に溜息を零し、玄関に向かう。
玄関の戸を開ければ、そこに立っていたのは冨喜さんで、昨日の今日だからかぽかんとしてしまった僕に『おはようございます。朝早くにごめんなさい』と挨拶をしてくれた。それに『おはようございます』となんとか返事をする。

「今日、一度向こうに帰るので挨拶をと思いまして、その銀時さんはもう起きてるかな?……その、もし寝ていたら言伝を」
「起きてます!!連れてきます!!今すぐ!!」

これは絶対会わせるべきだ。僕の中で何かがそう言っている。
昨日、銀さんの本音を聞いて、今日、冨喜さんが来た。冨喜さんの気持ちに何か変化があったんだ。そう思うと嬉しくて口元がにやけてしまう。
慌てて居間に駆けこんで、丸まっている大きな体を叩き、その太い腕を引っ張る。

「銀さん!銀さん起きてください!冨喜さんが銀さんに会いたいって来てますよ!」
「あーもー、うるせェよ」
「冨喜さんが来てます!」
「つっ、大きい声出すなって……冨喜?来てんの?なんで?」
「銀さんに会いたいって!」

やっと冨喜さんが来ていることを理解してくれた銀さんが、少し考える素振りをして頭を掻きながら玄関に向かう背中を見送る。
本当は僕も二人のところに行きたいけれども、きっと邪魔になってしまうだろう。そう思い、すすす、と居間から玄関が見えるように少しだけ頭を出す。

いつも以上にきっちりとした落ち着いた着物に、紅をさした冨喜さんは本当に綺麗で、どこかの令嬢のように品がある。そんな人の前に立つのが寝巻きな上にボサボサ頭の銀さんということに僕が落ち込んだ。こんなことなら身だしなみだけでも整えておくんだった。

「銀時さん、朝早くにごめんなさい」
「おお、どうしたよ。めかしこんで……どっか行くのか?」
「うん、今日向こうに帰るからご挨拶に」

そんな冨喜さんの言葉に『ふぅん』と返す銀さんの声は、何も思っていなさそうに聞こえるけど、僕は知ってる。本当はどこにも行ってほしくないってこと。

「だから、その前に言いたくて」
「おう」
「銀時さん」
「お………はい、なんですか」

冨喜さんの少し固い声に、適当に返事をしていた銀さんも只事ではないと、何故か敬語で返していて、ぷっと吹き出してしまう。

「私と結婚してください」

玄関から聞こえた言葉に、口を開けたまま心臓が止まった。
空耳?僕が望むあまりに都合の良い空耳が聞こえたのだろうか。と僕が思った以上に銀さんもそう思ったのだろう。いや、銀さん、ぴくりとも動かない。心臓止まってしまったんじゃないだろうか。

「酒………まだ抜けてねェみたい。ちょっと顔洗ってくらぁ、少し待っててくれ」
「え?え、ええ、わかりました?大丈夫?」
「だいじょうぶ」

まったく大丈夫そうではない銀さんのそれに冨喜さんも心配になったのか、ハラハラとしている。いや!!!!違うでしょ!!今明らかに顔を洗いに行くタイミングじゃねぇよ!!
こりゃ駄目だ!と居間から小声で『銀さん、戻ってください!何やってるんですか!』と怒るも、困惑している銀さんには聞こえていないみたいで、洗面台がある脱衣所に入って行ってしまった。
あーーーーー、なんてことだ……と額を押さえた瞬間、何故か入って行った銀さんが神楽ちゃんに背中を押されて廊下に戻されてきた。『顔洗ってる場合じゃないネ。しっかりするアル』と背中をバシンと叩かれた銀さんが、また玄関、此方に向かって歩いてきたことにホッとする。神楽ちゃん、居ないと思ったら歯を磨いていたんだ。ほんとナイスだよ。

「夢だな、これ、夢だわコレ。夢なら抱きしめていいかな、もう四年くらい触ってねぇもん。夢なら許されっかな」

そんなことをぶつぶつ言いながら僕の前を通る銀さん………お願いですから変なことだけはしないでくださいよ。そう願っていると、銀さんが戻ってきたことに冨喜さんが気付いて『だ、大丈夫?』とまた心配している。冨喜さんも昨日の銀さんを知っているから心配なのだろう。泥酔だったし、もう文字通り泥のように酔っていたし。


「……銀時さん?あの、体調が良くないなら、また日を改めるので休んで」
「…………あのさ」
「はい?」
「どういった心境の変化か聞いてもい?」

その銀さんの声に、心配そうにあわあわしていた冨喜さんの口許がきゅっと一文字になったのが見えた。

「昨日……銀時さんが言ってくれたことが嬉しかったの。貴方の気持ちを勝手に決めてしまってごめんなさい。もっとちゃんと聞くべきでした。だから」
「待ってくんない、俺、昨日何か言ったっけ?その、覚えがねェんだけど、何て言った?」

そう、不思議そうに、思い出そうと首を傾げた銀さんに冨喜さんが小さく笑う。どこで聞いたのか、何を言ったのかまでは本人に言わないつもりみたいだ。

「とても嬉しい言葉だった」
「何、気になんだけど」
「銀時さん」
「はい、なんですか」
「だから次は私が本音を言います。次は銀時さんが選んでください」

今でも貴方を愛しています。私と結婚してください。と、そう言って銀さんに片手を差し出して少し頭を下げた冨喜さんに何故か僕が泣けてくる。冨喜さんも冨喜さんなりに考えて、一歩踏み出してきたのだと、そう思ったから。
嗚咽が出てしまって、口元を強く覆う僕の目に、冨喜さんの差し出された手を下からすくうように、そっと握る銀さんが見えて、もう涙で視界が歪んで何も見えない。

「……お受けします」

でも、僕の耳に、確かに銀さんの声が聞こえた。
そして、微かに冨喜さんの小さな泣き声が聞こえて、泣いていいのはときおみ君と銀さんだけだと言っていた冨喜さんがやっと泣くことができたのだと、冨喜さん以上に僕が泣いてしまった。
玄関では銀さんが冨喜さんを抱きしめていて、『よしよし、頑張ったな。一人で頑張らせてごめんな。今日からは銀さんも参戦すっから』と慰めていて、しばらく、玄関で冨喜さんを抱きしめる銀さんの姿を静かに見守った。



***


「定春はよく食べるね。だからこんなに大きいんだね」
「冨喜も背中に乗れるくらいアル。今度乗せてあげるネ」
「え、背中に乗るの?神楽ちゃんも?」
「私はいつもそれで移動してるアル」
「神楽ちゃん、ヘルメット買いましょう」
「ヘルメット?」
「そう、頭を打ったら大変だから」
「私、頑丈アルよ?」

昼下がり、掃除機を掛け終わった僕の耳に聞こえてきたのは神楽ちゃんと冨喜さんの声で、視線を向ければ、二人肩を並べて定春にご飯をやっている後ろ姿だった。
何がそんなに楽しいのか、にこにこと笑い冨喜さんにアレやコレやを話す神楽ちゃんはなんだか子どもっぽい。いや、年齢的にはまだ子どもなんだけど。
なんていうか、銀さんと居る時とはまた違う子どもらしさが出て、僕はそれを見かける度に、ああ、良かったと何故か安心してしまう。

あの日、銀さんと冨喜さんが気持ちを確かめ合った日から一か月が経った。
冨喜さんと時臣君は一度、地方へ帰り、ずっとお世話になっていた親戚の家から実家に引っ越してきた。

そう、冨喜さんの実家に。
銀さんがいる万事屋じゃなくて。

それを聞いた時は流石の僕も神楽ちゃんも、何故なのか詰め寄ってしまったんだけれども。
冨喜さんも銀さんも話し合った結果そうなったそうだ。今、冨喜さんの実家には腰をギックリいかせたばかりのお爺さんがいるわけで、そして銀さんと同じくらい時臣君と一緒にいた時間が短いお爺さん。つまりお爺さんを想ってこういう形にしたそうだ。

まぁ、銀さんと神楽ちゃんは冨喜さんが居ない時に『こっちに住んで通えばいいのに』なんてブーブー言っているけど、何となくわかっているから冨喜さん本人に言うことはない。

お爺さんと言えば、銀さんとのことだけど。
一応、銀さんが父親であることは知ったそうだけど、お爺さんは大泣きだったらしい。『なんだってよりによって万事屋のあんちゃんなんだ……』って、もう怒りよりも泣けてきたのだろう。その話を聞いた時は僕も頷いてしまった……というより、お爺さんに同情した。

そんな感じで、冨喜さんと時臣君は、今はまだ住む場所は違うけれども、時間が合うとこうして来てくれるし、銀さんも一日に一度は家路に様子を見に行っている。
そして、周りのアレやコレやが整ったら、万事屋での生活をスタートするそうだ。
僕達三人はそれが楽しみでしょうがなくて、日に日に冨喜さんと時臣君の生活用品が万事屋に増えていっている。お登勢さんには気が早いと怒られるけど、止められそうにない。


冨喜さんが万事屋に居る時は神楽ちゃんも家事を手伝ってくれることが多く、いつもより早く終わった為、三人で町を歩く。
何故三人しかいないのかというと、銀さんが時臣君を連れていちご牛乳を買いに行ったからだ。わざわざ連れて行く必要はないんじゃないかな、とツッコんでしまいたいけれども、流石にそんな野暮なことは言わない。

いちご牛乳と言えば、先日時臣君が四歳になって、甘い物の一部が解禁になった。
何を食べさせてみよう、と四人で悩んだ結果。銀さんの尋常ではない押しでいちご牛乳になり飲ませてみれば、それはもう、花が飛んでいるんじゃないかと思うくらい輝いた目をした時臣君に、この子は銀さんの子だな、と悲しくなった。余程美味しいのか声も出ないらしい時臣君の飲みっぷりに、冨喜さんはやっぱり……というように顔を覆ってしまい。銀さんはどことなく嬉しそうだった。
まぁ、でも、あの日から時臣君の目の前であまりいちご牛乳を飲まないようにしているところを見ると、銀さんなりに時臣君の健康を思っているんだろう。

「神楽ちゃんと新八君と歩いていると、なんだか私が銀時さんになった気分」
「もう今日から冨喜さんが社長でいいですよ。銀さん降格させましょ」
「いや、あの天パを解雇したほうがいいアル。あ!時臣発見アル」
「あっ、本当、あれ?近くに居るのって真選組の制服ですね」

銀さんを解雇するという話で盛り上がっていると、神楽ちゃんが遥か先で時臣君を抱えたまま何か言っている銀さんを見つけた。そして、特徴的な黒を纏っているのは嫌に縁のある副長の土方さんだった。

「だァーかァーらァー!!俺の子だって言ってんだろ!!」
「馬鹿言え。似てねェだろうが。近年そういった手口が増えてんだ。確認すっからガキをこっちに寄越せ」
「母親連れてくればいいの!?連れて来てやるよ!!」
「うるせェな。連れて来れるもんな連れてこいよ。三次元しか認めねェからな」
「どういう意味ソレ!?俺の嫁的な!?ほんっと失礼だなオメェ」
「お前に嫁も子もいた記録はねぇのは知ってんだ。こっちは一度オメェを調べてんだっつの……いつかやるだろうとは思っていたが、つくづく見下げ果てた野郎だぜ」

なんか……時臣君が誘拐された子みたいになっている。
まぁ、そう思ってしまうのもしょうがないとは思うけど……。
此処で、あそこの中に入るのは究極に面倒だな、と神楽ちゃんに視線をやると、同じことを思っていそうな顔をしていた。十代の女の子にさせていい顔じゃないよ。
冨喜さんは相手が警察とわかると、あわあわしていて、何か事件に巻き込まれたのかもという顔をしていて、神楽ちゃんが『銀ちゃんがどうにかしてくれるアル』と冨喜さんを止めている。これ絶対面倒くさいだけだ。年々銀さんに似てくるな、神楽ちゃん。

「オイ、坊主。このロクデナシは本当にお前の父ちゃんなのか?」
「そうだよぉ〜僕のパパだよ〜」
「俺はこのガキに聞いてんだよ!気持ちわりぃ声出すんじゃねぇ!しょっ引くぞ!……で、どうなんだ?」
「お前ね、こんなちっさい子にそんな聞き方してもわかんねェって。見てろ、こう聞くんだよ」

そう言って、腕に抱えていた時臣君に『俺は〜?』と自分を指差して聞く銀さん。もう太陽みたいな笑顔で『おじさん!』と言う時臣君。もう駄目だ。あの人逮捕される。
銀さんも銀さんだ。時臣君は最近ようやく銀さんを『パパ』と呼ぶようにはなってきたけれども、まだ『おじさん』と言う回数のほうが多い。

「おい、おじさんっつってんぞ」
「……………帰る」
「帰すか!!ガキ置いてけ!!」
「ぱとかー」
「なぁー。パトカーだな。時臣は将来パトカーになりたいんだもんな。おい、パトカーん中見せろよ」
「警察に言う物言いじゃねぇだろ……まぁいい、乗れ」
「お!マジで!時臣良かったな、パトカーの中見れんぞ。見ても楽しくねぇけど!」

近くで見るパトカーに目を輝かせている時臣君を抱えたまま、土方さんが開けた後部座席に乗り込む銀さんを見て、流石に止めないと、このまま屯所に連れて行かれそうだ。

「おい、山崎。誘拐未遂だ。屯所行くぞ」
「テんメッ!!騙しやがったな!!」

ガタガタと揺れているパトカーに近づけば、土方さんと山崎さんが僕達に気付いてくれた。

「おう、万事屋んとこのガキ共か、わりぃがこれも仕事だ。新しい就職先見つけろよ」
「あの、すみません。その人が言ってること全部本当なんです」
「あ?」


***


なんとか冨喜さんが出たことで納得してくれた土方さんによって解放された銀さんだけれども、土方さんの目はまだ疑いの眼差しで少し笑える。信じがたいのだろう、銀さんに家庭があることが。わからないもない。

銀さんは銀さんで、捕まったことよりも時臣君にパパと呼んでもらえなかったことに拗ねている。と、いうか少し落ち込んでいる。
此処で機嫌を取りに行くのは、いつもなら僕か神楽ちゃんだったんだけれども、今は冨喜さんもいるわけで。
冨喜さんに頼めば、え、私?……そんなことできるかな、という顔をして頷いてくれた。

「銀時さん」
「んだよ」
「あの……一本いっときます?」

凄く気を使っているという顔をして甘味屋を指差した冨喜さんに、近くにいた山崎さんが噴き出す。
確かに銀さんには団子でも食べさせておけば機嫌も良くなりますけど、なかなか聞かない誘い方です、冨喜さん。……冨喜さんって偶に銀さん並みに不器用なところがある。とくにこんなところ。

「何、その一杯いっときますみたいなノリ」

まぁ、銀さんにはこれで通じるからいいんですけど。
おかしそうに、少しだけ笑った銀さんとそれを見てホッとした冨喜さん。

この二人はこのままでいい、どこか不器用なこの二人で。

web拍手


割れ鍋に綴じ蓋、終わり。
お読みいただきありがとうございました!