ハロー、黄泉の君へ
「ずっと聞いてみたかった事があるんですけど」
「なんや、いきなり」
技術開発局の一室。最近の真子さんは、日課のように私の作業場に顔を出していた。椅子の背もたれを抱えるようにして窓際の定位置へ座り、つまらなそうに頬杖をついて私の作業を眺めている。
「真子さんは死神になったことを後悔したことありますか?」
「なんやそれ、アホらしい質問やな。後悔した事なんてあるわけないやろ」
「へぇ。……真子さんって芯の強い方なんですね」
彼は私の突拍子のない問いに対しアホらしいと肩を竦めるだけで、少しも声色が変わることはなかった。
「あったりまえや、オレは隊長やぞ、隊長。上に立つモンがブレブレやったら嫌やろ」
「はは、それじゃあ私は一生、上になんて立てそうにないです」
「……俺が後悔する時があるとすれば、そん時は――」
「喜助はあるか?」
『何がっスか?』
「……なんや、オレの話聞いとらんかったんかい。死神になって後悔した事あるんかって聞いてんねや」
『さぁ、どうっスかねぇ』
「オマエ、悩みとか葛藤には全く無縁の人生送ってそうやもんなァ」
『そんなことないっスよぉ。ボクにだって悩み事のひとつやふたつありますって』
「どぉーせ実験に行き詰まったりとか、そういうしょうもないやつやろ? そんなんは悩み事って言わへんねん」
『ヒドいなぁ、ボクにとっちゃあ大問題っスよ。それに、迷いや後悔のない人生なんて無いでしょう。その子は何故そんな話を?』
「お、気になるか? オレが拾ってきた朝緋チャン。可愛ええ子やで。スタイルもばっちりや」
『……言ってて恥ずかしくないんスかぁ? そういうの』
「明るくて思慮深い、分別を弁えてる賢い子や。周りに壁作るタイプやけど、少しずつ心は開いてきてくれとる。ただ……記憶喪失っちゅう割には、やけに落ち着いとるんだけが少し気になるとこやなァ」
『――記憶喪失? ……そりゃ初耳っスね』
喜助の声が、僅かに低くなる。
「アレ、言うとらんかったっけ。ここに来るまでの記憶がないらしいんやけど……まあええわ。ほんで、お前はいつ戻ってくんねん」
『んー、そっスねぇ。このまま上手く行けば明日には戻れるかと』
「そーか、ほならひよ里達にもそう伝えとくわ。お疲れさん」
『ええ、平子サンも。ボクの留守を預かってもらってスミマセン。……では、また』
――ブツ、と、通信切断の音が耳に伝わる。調査と言って現世へ急行した喜助が残した“尸魂界と現世を繋ぐ通信機器”を、いつものようにそっと置いて片付けた。
一年前、突如十二番隊の隊長として現れた男。その正体は、他人の顔色を窺うのが上手くない、自分と少し似た男だった。死神としての実力は去ることながら、天才的な頭脳を持ち、尸魂界に今まで存在しなかった「技術開発局」という組織を立ち上げた初代局長、浦原喜助。人との距離を掴むのが下手なくせに、他人を放っておけない。彼の不器用さを初めて目にしたあの時から、それを見る度に居心地の悪さを感じて声をかけるようになっていて。
――そんなお節介を焼いてしまう自分に、俺は心底嫌気が差していた。
- 1 -
戻る | 次へ
表紙
TOP