神ではなく君に誓うよ
――隣室の友人が亡くなった。そう聞かされたのは、私が霊術院へ登校するために部屋を出た時だった。彼女が住んでいるはずの隣の部屋へ、大勢の見知らぬ大人たちが出入りしていて。何事だろうと立ち止まり、そのうちの一人に声をかけた。
「あ、あの……。この部屋、何かあったんですか?」
「……そう、あなた。隣の部屋の子?」
「はい、そうです。そこ、友達の部屋なのでどうしたのかなぁって気になって。あ、いや、なら本人に直接聞けばって話なんですけど……でもあの子、ここには居ないみたいだし……」
「……その子はもう、帰ってこないわよ」
「……え?」
「亡くなったの。流魂街の実家で虚に襲われたそうよ」
「…………え?は、……な、何言ってるんですか、そんなわけ、」
「……」
「……う、嘘だ……そんな、」
そんなわけないと、誰かに言って欲しかったのに。あの子の部屋へ立ち入る大人たちに目を向けても、誰も目を合わせてくれない。誰も、嘘だとは言ってくれない。淡々とあの子の部屋から荷物を運び出していくだけ。
――嘘だ、そんなはずない。誰かにそう言って欲しい一心で、彼女は生きていると信じて無我夢中で校舎まで走った。自分のではない、彼女がいるはずの教室の扉を勢いよく開け放つ。バタン!!と大きな音を立てて開いた扉に、教室に居た生徒たちは一斉にこちらを振り向いた。
部外者が何の用だと、まるでそう言っているかのような冷たい視線を一心に浴びながらも。あの子の名前を口にして、探していると伝えても。――彼女のクラスメイトたちは、みな一様に悲しそうに俯いて私から視線を逸らすだけ。それが、私の信じたくない現実をどんどん裏付けていく。誰一人として、彼女の“生”を肯定してくれない。
――おかしい、そんなはずない!きっとまだ、教室に来てないだけなんだ。校舎内を探せば見つかるはずだ――そう思って教室を飛び出して、探しに行こうとした時だった。
そっと、誰かの手が私の肩に触れる。その優しい手つきとは裏腹に、手に籠められた力はとても強くて。
「――……輪堂、先生」
「……もう、分かってるでしょう」
「……何が」
「彼女はもう居ない。探しても無駄だよ」
「――っ、」
痛いほど肩に食い込んだ彼の手が。無駄な事は辞めろと、咎めるような静かな声と冷たい視線が。――本当に彼女は死んでしまったのだと、疑いようもない事実なのだと私に突きつけていた。
「流魂街で偶発的に発生した虚の襲撃に、帰省中だった彼女は巻き込まれた。周囲の人たちを守ろうと最期まで必死に戦ったそうだよ。……今は、原因の調査で十二番隊が動いてくれてる」
「――!」
「……気になることがあるなら、後で彼に聞いてもいいから。今はきちんと受け止めて、冷静になろう」
「……」
「死神が仲間の死に囚われるなんて、言語道断だよ」
『戦いに美学を求めるな。死に美徳を求めるな。己一人の命と思うな』――確かにそう、教わった。けれど……
“私は、死神である前に彼女の友人だ”
――そう叫びかけた言葉は、音になることはなく胸の中へ沈んでいく。
あの日の夜。がらがらと音を立てて崩れてしまった私の心には。
彼女の死を否定する余裕は、もう残されてはいなかった。
***
その日の私はいつも以上に公私を混同して、彼女の死という衝撃を飲み込むことが出来なかった。……当然だ。親しい人物の死など、一朝一夕で飲み込める悲しみではないのだから。
あやふやな思考回路。絶望と喪失に囚われる心。目の前の授業に集中出来なかった私は、してはならない油断をして、ものの見事に怪我を負った。
相手は上級生の男子生徒。斬術の授業ではいつも私に打ち負かされている。その悔しさや憂さ晴らしもあったのだろう。絶好のチャンスだと言わんばかりに私の隙へ付け込んで、容赦ない攻撃が私の木刀を弾き飛ばした。木刀と一緒に戦意も手放した私は、成す術もなく彼の渾身の一撃をその身で受ける。受け身をきちんと取れずに体は床へ叩きつけられ、咳込む体を起こそうとしたところで……両手へ走る鈍い痛みに思わず眉間に皺が寄った。
「……大丈夫か、翡葉」
「……っはい、大丈夫です。すみません、もう一回お願いしま――」
「ダメだ。額から出血してる。――おい、誰か! この者を医務室へ運んでやりなさい」
講師にそう言われ額を伝う生暖かいものへ手を伸ばしてぐいっと拭えば、手の甲にはべったりと血が付いていた。わあ、ほんとだ。乾いた笑みを零して、医務室に付き添おうとしてくれている女性の先輩へ、一人で大丈夫だと丁寧に説得して医務室へ向かった。
――コンコン
「失礼します」
「――あら。あなた、また来たの?」
「……すいません」
「別に謝らなくてもいいんだけど……って、あーあ、もう。今回はいつにも増して随分派手にやったわねえ」
「あはは……」
医務室へ向かえば、見慣れた女性講師が呆れながら出迎えてくれた。……授業に集中出来なくて怪我を負うのは、これが初めてではないからだ。切り傷、打ち身、捻挫。夏季休暇が明けてから、私はここで幾度となく彼女に治療してもらっていた。授業に集中出来なくなった理由は自分でも分かっている。けれど、どうしても……どうにもならなかった。彼の信頼を裏切り、心を犠牲にしてまで命を守るという覚悟。……そんなに簡単に、受け止めきれる現実ではなかった。
そこへ大切な友人の死が積み重なって。正直言えばもう、息をしているだけでも精一杯だった。死神は仲間の死に囚われて、動揺すべきではない。そんなこと、頭では十分理解している。……それでも、それでも私は。この世界へ来て一年経ったくらいでは、そう簡単に人間として生きてきた心の在り方を、変えることなど出来なかった。
「額の傷は浅いから、痕は残らないと思う。良かったわね」
「あはは。今更、顔の傷跡なんて気にしてないですよ」
「ダメよ、あなたすごく美人なんだから。女の愛嬌はいつまでも武器になるのよ?覚えておきなさい」
「……頭の片隅には、入れておきます」
「――でも、両手はどっちもダメね。捻挫してる。ついでに肋骨も一本ヒビ入ってるわ」
「……わぁ、マジですか」
「私の治療じゃここまでが限界なの、ごめんね。どうしてもすぐに治したいなら、四番隊を紹介するけど……」
「……いえ。そこまでしていただかなくて結構です」
……そんな自分への苛立ちは、怪我も相まってどんどんと膨れていく。愛を貫くために、冷徹な自分を演じることも出来ない。死神になると決めたのに、心は人間のまま。
――もしもあの時、私が彼女に同行していたら。命だけは守れたかもしれないなんて、傲慢にもほどがあるけど……そう考えざるを得ないほどに、何も出来ずに命を失ったことを後悔していた。それ故に、仲間の死に動揺すべきではないという死神の矜持も守れない。自己怠慢でこんな怪我をして、明らかに授業や鍛錬に支障が出てしまうじゃないか。絶対に二年で卒業してやると啖呵を切っておきながら、何してんだろうね。……泣きたくなるほど、何もうまくいかない。
心が死んでしまってるから。人間のままじゃきっと、何も出来ないということなんだろう。あーあ、厭になる。――本当に、こんな自分が情けなくて、大嫌いだ。
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