株式会社ヒンナ
バイトがクビになった。
フリーターでふらふらバイトで食いつないでいたななしのごんべえにとって人生の危機である。
もう限界だった。やはりちゃんと職に就いた方が良かったかとため息を付き歩道を歩く。バイトも店長が勝手にシフトをコロコロ変えるアレな人だったから別に辞めさせれても良かったんだけど、何だかなあとため息を付きとぼとぼ歩く彼女の後ろ姿には哀愁が漂っていた。誰か仕事紹介してくれないかな。思い付いたのは坊主頭のお調子者の顔が頭に浮かび上がる。そう言えば白石由竹は同じフリーターなのにどうやって生きているのだろうかとふと疑問に思った。いつも連絡すれば「ごんべえちゃん!酒飲みに行こう!」と誘うあの男。服などには金を掛けていないはずなのに羽振りはいい。もしかしてやばい仕事でもしているのか?いや…それでも食えればいいのだ。心を決めて仲間の白石に電話してみる。
『ごんべえちゃん愛しの白石由竹只今電話に出れ』
電話が繋がった思えばふざけたことを抜かしたのでピッと通話終了の文字をスライドさせて切った。なんだこいつは。他の人に頼った方がいいかもしれない。こっちは人生がかかっているんだよ!スマホをポケットに入れようとすると折り返し着信が来たので耳に当てる。
『くぅーん』と悲しそうな声を出す白石に力が抜ける。今の状況と仕事何か紹介してくれない?と説明した。
『なるほどねぇ。それなら、うってつけの話があるけど聞かない?』
「聞く聞く!」
聞けば白石は派遣に登録しており、そこの担当が顔馴染みであるため優通の聞くお仕事を紹介してもらえると言う話を耳に入れる。なるほど白石は金が無くなったら、派遣で働きその日暮らしを満喫しているという事か。どこか納得した気持ちと、知り合いが危ない仕事してなくて良かったと言う気持ちが交差する。
『興味あるなら紹介するよ。今なら紹介料貰えるし、あれなら紹介料半分こにしよう』
その提案に私は乗ったのであった。
ロロロロ
「派遣登録は初めてかも…」
初めての派遣登録に行く私に登録会と言う響きに新鮮を感じながら、白石との電話をした日の事を思い出す。あの電話が終わった十分後に見知らぬフリーダイヤルから電話がかかって来た。それに出ると、どうやら白石が電話と私の情報を伝えていたらしくトントン拍子で面接の日を聞いてきたのである。私の個人情報を勝手に伝えた事にはなんとも言えない気持ちになるが白石も切羽詰まった私の声に慌てて動いたのだろう。悪気は無かったとそう思う事にした。いや悪気がなくてもしてはいけない事なのだが。
「さてと…場所は大通り沿いの…こっちであってる…?」
派遣会社から送られたメール内の地図をスマホで確認して位置を確認しながら周囲を見渡す。時間は念の為に早めに出て置いたので余裕はある。仕事を紹介してもらう側にとっては遅刻など許されないことだとごんべえは考えた。15分前行動は当たり前であり慣れない土地に出向く時は早めに出る。友人や友達を待たせる事にでも罪悪感を持ってしまうごんべえのポリシーでもあった。
「株式会社ヒンナ…ねぇ」
派遣会社の名前はアイヌ語から取ったらしい。結構人気のある派遣会社の1つで取り扱っている仕事は少ないがきちんとした手当やサポートがついてくるし担当さんも相談にもきちんと対応、交通費もきっちり!!!といたせり尽くせりと白石が何故か威張っていた。そこまで知り合いに太鼓判押されるとグラりと来るものがあった。
『ちなみに担当さんはイケメン美女勢揃い。ごんべえちゃんいい加減彼氏作るチャンスも欲しいでしょ』
それに釣られてここの派遣選んだわけじゃない。でも、傾きかけていた心が全て傾いたのは事実だった。1人は辛い。とても。
「…イケメンじゃなくても私を全て受け入れてくれる人が…居れば」
目的地の雑居ビルを見上げてぽつりと呟いた。
「それではななしのさん担当のものが来ますので少々お待ちくださいね」
「お願いします」
登録会がある階へ行き株式会社ヒンナと書かれたドアをノックし入らせてもらうと、受付の方が気付き仕切りのある部屋に案内してもらった。こぢんまりとしたテーブルとパイプ椅子が置かれている空間に何処か閉鎖されたかのような圧迫感を感じる。椅子を引き座るとギィと音を立てる。
10分は経っただろうか、若い男がやってきた。私と同じくらいの年代だろう。顔に傷があり何処か既視感を覚えた。
「ななしのさんお待たせしてもうしわ…」
「?…あの何か?」
「…ごんべえちゃん?」
「…そうですけど」
初対面で名前を呼ばれ嫌悪感を表しながら男の顔を見る。もしかしたら知り合いかも知れない。最初既視感を覚えるなんて、なかなか無い事だから。じっと見つめると記憶のピースが当てはまるかのような錯覚を覚え、彼の名前であろう言葉を口に出した。
「もしかして…杉元くん?」
「覚えていてくれたの?白石が紹介した子だからどんな子が来るかと思ったらごんべえさんだったのか」
安心した顔で私に笑いかける男性。小学生の頃よくいじめられている子を助けるヒーローみたいな子。名前は杉元佐一くん、よく喧嘩をし傷を貰って来てた子だった。ふにゃあと笑う杉元くんの顔を見て、嫌悪感が薄れていくのを感じながら。杉元君は昔から変わんないなと切なさが湧いたが何とか笑って誤魔化した。