もう1人の担当


登録会の日に上手く条件と合う仕事が見つかり今日はその会社に杉元くんと行く事になっていた。朝早く起きて眠気をなんとか覚ますために洗面所へ向かうと電話がかかって来る。誰だろうこんな朝から相手は白石ではない確実にと断言しながらスマホが置かれている寝室へ行き画面を見た。杉元くんからだった。

『ごんべえさんごめん!!職場変更になってる』

「私の職場?…まだ決まってないから杉元くん落ち着いて」

慌てている杉元くんを何とか宥めると落ち着いたのか。ゆっくりと話し始める。聞くと大手の会社さんから人を派遣してくれと言われたらしく私が選ばれたとの話だった。何故私が?と聞くと、どうやら今手が空いているマトモな派遣社員が私しか居ないらしく急遽変更になったのだと。

「マトモ?まともな人なら私以外にもいるんじゃないの?」

『それが…白石みたいな人種しか居なくて』

「じ、じんしゅ?」

人種と区別された白石みたいな人達とは一体…。考えたら負けな気がする。戸惑う私に杉元くんが言葉に出した。

『時給も高くなるからごんべえさんにとっていい話だと思う』

金は力なり。その言葉に異論は消えた。








『予定された時間より30分早めに来て貰えたら』

場所が分かれば着くのも早い。雑居ビルの前に付き腕時計を見る。少し早すぎたかもしれない。早く来られると反対に迷惑になるからどこか時間を潰さなければ。雑居ビルの近くに何処か時間を潰せるところはないか探した所、公園があったので行く事にした。

ベンチに座り、公園に寄る前に自動販売機で買った缶珈琲を開けて飲む。公園で遊ぶ子供はまだ居ない。少し歩くと大きな公園があるからそこで遊んでいるのだろうか。ちゅんちゅんと雀が囀り、空は青く太陽が照らしていく。子供の頃はこうやってぼうっとしてたな。今ではそれがとても懐かしく遠い世界に思えた。子供は遊ぶものと言うが確かに遊んだ方がいいかもしれない。大人になれば縛られる物が多くなる。子供は自由な生き物なのだ。

「にゃあーん」

猫の声で現実へと戻される。黒猫だった。すりすりと足に頭を押し付ける猫。ふわふわとした毛並み愛くるしい姿に触ってもいい物かと躊躇しているとどこかへ去っていく。

「あぁ、猫ちゃん…」

黒猫の去る背中に手を伸ばし触ればよかったと落ち込みながらも猫が行く先を見る。スーツを着た男の足元にスリスリと頭を押し付けていた。背中を向けている男の背中。顔を見えなかった。自分もあれをされていたと言うのに、何故かとても羨ましく見える。くそ…黒猫ちゃんは私のものだぞ…って時間大丈夫かな?嫌な感じがして時間を確認した。

「…時間が…!」

腕時計を見て慌てて雑居ビルへ走っていくはめになったのだ。





登録会と同じ所へ受付の方が案内し座る。危ない所だった。ハニートラップ所かキャットトラップにハマるところだった。時間はギリギリ間に合った安心に胸をなで下ろす。

「…にしても、大手の会社か」

私に勤まるのだろうかと不安が走る。まあ派遣に頼む仕事ならば楽な仕事には違いないけどバイト勤めをしたぐらいのひよっ子が働いてもいい場所なのかと甚だ疑問に感じた。一応メモとペンは用意しておこう。

「お待たせしました」

杉元くんとは違う低い声にバックを漁っていた私はその声の主を見るために顔を上げた。ツートンブロックっぽい髪型で前髪を伸ばしオールバックにしていて香水をパリッと付けており何だか私の苦手な人だなと心の中で毒付く。しかし、ここは社会人でもあり私も大人だ。ここは笑顔を作り挨拶を。

「ななしのごんべえです。よろしくお願いします」

「ごんべえさんですね。杉元から伺っております。私尾形百之助と申します」

すっと名刺を渡され両手で受け取り名刺を見る。
【第七支部担当 尾形百之助】
質素なデザインながらも重みを感じながらもテーブルの左側に置いた。

「本題に入りましょう。第七支部と言うのは知っていますね?国が経営している会社の一つでもあるので誰でも知っていることだとは思いますが念の為に説明をさせて頂きます。」

尾形はスラスラと説明していく。国が経営している会社がある。製薬、食品、工業、全てを賄う会社が日本帝国である。50%の経済はその会社が賄っており、第七支部はその子会社であった。

「私は本当にそこで働いてもいいのでしょうか」

「大丈夫ですよ。野良猫の手でも借りるほどに切羽詰まっているらしいので」

皮肉たっぷりに言われて、ひくりと頬を動かした。なにこいつ。めちゃくちゃ嫌いかもしれない。平常心を貫かなければ。担当変えてくれないかな、そう言えば杉元くんはどうしたのだろう。朝の電話だと杉元くんが「俺も付くから安心して」と言っていたのだけど…。

「質問よろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

話を遮られたのが嫌そうに見えたがそれを無視し話を続けた。

「杉元さんは担当ではないのですか?」

「あぁ…杉元ですね。元々第七支部は私の受け持っている物ですので杉元は違う会社の担当をなされているんですよ。今はどうやら杉元は上に掛け合っているとの事ですがどうなるかはまだ未定な状況です」

「そうなんですか…」

杉元くん、上に掛け合ってくれているのか…。そこまでしなくても大丈夫なのに。もしかして私が頼りなさそうに見えたのかな。落ち込む私に尾形は勘違いしたらしく。

「ええ、ですのでもし私が担当になるのが嫌あるいは杉元と二人っきりで仕事をしたいのであればほかの仕事を探されたらどうです?」

「は?」

と言い始めた。何を言っているのだこの男は。呆然とする私に言葉を続けた

「貴方気付いてますかね?私の顔を見るとガッカリした顔をしたんですよ杉元狙いですか?たまにいるんですよ…杉元狙いのミーハーな女が来るのは」


溜息をつきながらそう言い放つ。何か勘違いはしてはないだろうか。杉元くんに対して昔は恋心があったが今はない。と言うか仕事をする場にそんなものを持ち込むほど愚かではない。反論するために言葉に出す。

「あのそうではなく…「ははっ…遊びじゃねえないんだぞ小娘」


見下した目で前髪を掻きあげて嘲笑いながら席を立ち、話はこれで終わりだと言う男にぷちんと何かがきれた音がした。


「貴方いつもそんな対応を?」

「と言うと?」

「いつ私が杉元くん狙いと言いましたか?」

「顔に出ていたので、おや違うのですか?」

「違いますよ」

「これは失礼を」

「というか人の話を遮るのはやめて貰えませんか。自分の思い上がりな想像を人にぶつけないでください。自己中な人って言われません?」

負けずと私も言い返すと尾形百之助は目を見開き面白そうな顔で嗤う。その後猫が獲物を狙う目でこういった。猫と言っても可愛くない猫だ。

「ははっ…よく口がまわりますね憎まれっ子世に憚ると言いますが私は好きですよななしのごんべえさん?」

「喧嘩を売ってきたのはそちらからなんですけど私はなんとも思っていませんしセクハラで訴えますよ尾形百之助さん。それに憎まれっ子世に憚るって貴方のことでしょう?」

「ははは!ご冗談が上手いですねごんべえさんは」

バチバチと目と目を合わせて一触即発の状態であり、目と目を合わせお互いに見合っている。尾形が口を開こうとした瞬間にバシンと尾形の頭を叩いた者がいた

「…」

「また人を追い出すつもりかお前は」

溜息をつきながら尾形を人1人殺せそうな目で睨みつけてそう言って尾形が座っていた隣の椅子に座る。尾形は無表情で杉元くんを見つめていた。

「ごんべえさんお待たせ。何とか話通してきた」

「杉元くん…そこまでしなくても良かったんだよ?」

申し訳なさが募った。自分の不甲斐なさも混じり暗い声を出してしまうと慌てたように手を振る。

「俺がしたかっただけだから!ごんべえさんの問題ではないよ」

「おい、ふざけた話はそこまでにして、さっさと話を進めろ」

「あぁ?」

この二人は仲が悪いのか。それとも尾形が敵を作りやすい体質なのか。睨み合う男達を何とか押さえて話を進めた。杉元くんは私を見て話したが尾形はじっと私を見つめて手持ちの紙を交互に見ている。何なのだろうか。杉元くんも担当になってくれて良かったと心の底からの笑顔を見せると杉元くんは下を向き顔を隠した。






尾形は変な女が来たとごんべえのプロフィールを見て考えていた。今まで杉元が最初に面接した女は大体杉元を狙って擦り寄ってくるが相手にされないと思うとこっちに寄ってきて仕事にならない事が多い。特に今回の会社は女から人気の高い会社大企業の子会社第七支部。立地も給料も高く、国が経営しているだけであって知名度も高い。その分求められる仕事は多いが簡単な仕事なため競争率が激しい仕事だ。今回はたまたま条件に合う人物がこの女しかいなかっただけで本当ならこの女は選ばれなかっただろう。恋だのなんだので頭に入れて取り掛られると尾形の方にクレームが来るしその対応やらでくっそ面倒臭い事もありカマをかけたがこの女は尾形の口調にも耐え言い返して来た。

これは使えるな

ごんべえの履歴書一つ一つを頭に記憶させていくまるで新しいおもちゃの説明書を見るかのようにつまらない日常を変えてくれるかのような期待感が高まった