NON
「アンタそれ、涼介さんと啓介くんに言うつもり?」
「いっ言えないよ!言ったらきっと二度と会わせてもらえない!」
昨日の夜のことだった。
自宅にいるときに思わぬ人からのコール音があって、ここが自室であったことにもの凄く安堵したのは。
『久し振りだな、元気にしているか』
「京一さん!ごっご無沙汰しています!そちらもお変わりないですか?」
などと定型文のような挨拶だけれど、私にはこれが精一杯だった。咄嗟に出た言葉が仕事で言い慣れた社交辞令みたいでちょっとアレだったかなと、後々冷静になってから思った。
だって、そんな、いきなり
気の利いた言葉なんて、出てこないよ
ずっと、お慕いしている人、なんだもん
『この前のGTの結果を見たぞ』
「あっ、ありがとうございます。見て下さったんですね!」
『順位のバラつきはあれど、上位じゃないか。大したもんだ』
「ふふっ、嬉しいです。そう言って頂けて」
『毎日忙しいだろう。休みの日はどうしてるんだ?』
「お恥ずかしいですけど……家でゴロゴロしてます」
『フッ、まあ、そんな日も必要だろうな』
「あ、今笑ったでしょう、京一さん。しかも鼻で」
『何のことやら。気のせいだ』
「もう…、からかわないでください…」
『なあ、あきら。近々こっちに来る気はないか?』
「いろは坂にですか?そう言えば最近行ってなかったなあ…」
『いや、そうじゃない』
「え?」
『たまには栃木へ"遊びに"来い。案内してやるよ』
「京一、さん、と?」
『新緑の眺めもいい時期になった。あきらさえ良ければ、だが』
「っ…、はいっ、ぜひ…」
『そうか。日時貯はまた改めて連絡する』
「あの…っ、楽しみに、してます。京一さん」
『オレもだ。じゃあな、あきら』
___________________
「で、その最後の"オレもだ"がどんな意味か考えすぎて頭が痛いと」
翌日。某自動車工学大、生徒用ガレージにて。
片手に収まる大きさのラジオペンチを両手で持ち、体をもじもじさせながら、先刻から何度もカチカチと開閉させているあきらは、昨晩の件を友人・嘉美に伝え、何とか助言を頂こうとしていた。
「ライバルの妹、ってだけで、直接お誘いなんてするかしら、フツー」
「だよね……やっぱり、少しは私のこと気に入ってくれてるのかな……ああでも下手に期待したらロクなことがな「うっるさいわねー!嫌いな相手をわざわざ誘うバカなんていないわよ!自信持ちなさいったく高橋あきらとあろう女が情けない!」はいぃ……!」
と、嘉美から言われたものの、不安はやっぱり残ってる。それでも、その不安より嬉しさの方が圧倒的に大きくて、夜のフィールドを抜けて、走り屋として会うのではなくて、で、デートって言って、いいのかな…
「うわあぁ自分で言って恥ずかしい……!」
そうこうしていたら、改めて連絡をもらって決めた、約束の日。
私は今、JR宇都宮駅にいます。
街を走るかと京一さんの提案で、車は家に置いてこいと言われた。幸い、兄弟ふたりとも家に不在だったら、外出をバレずに済んだ。自分の車がガレージにあるのに私が家に不在、ということに何か不信がられたら、適当に誤魔化せる自信もあった。けど、けど、これって、
(ま、待ち合わせってやつですか…!しかもエボVに乗れってこと…!?)
駅の西口ロータリーで待っています、と送ったメール。
あと五分ほどで着く、と返ってきた。
どうしよう、どうしよう
さっきから、ううん、お出かけが決まってからずっと、ドキドキが止まらない。
会って、何を話そうか。うまく、顔、見らんないかもしれない。
ロータリー近くのショップのウインドウが自分の姿を反射していた。
「おかしく、ない…よね…?」
ノーカラーのデニムジャケットに、黒をベースにしたシックな花柄のワンピース。足元は、歩きやすいようにローヒールのショートブーツ。顔の輪郭までのボブを、ゆるく巻いてみた。子供っぽくならないように黒を中心に着てきたけれど、通常重力に任せっきり、もしくはつなぎとお揃いのキャップで抑えるだけの髪を巻いてきたあたり、気合い入れすぎと思われないか少々不安があった。
(だって、仕方、ないじゃない…)
まだ付き合うどころか、告白だってしていないけれど。片想いの人とふたりで出かけるなんて、気合いはどうしても入ってしまう。黒を選んだのも、もちろん、意識した。当のご本人は、果たして気付いてくれるだろうか。
その意識の先、街中の喧騒に紛れることなく、確かに聞こえた、あの人の、音。
駅前ロータリー、陸橋の下で待っていた私の前に、停められた。
「珍しいな、その恰好」
国道4号線を流していたとき、ドキリとした。大人っぽすぎたかな、そう問うと、
「会えば大抵つなぎ姿だろう、あきらは。だから見慣れないだけだ」
似合ってる、と、元々の細い目、やさしく、更に細められた。
「ありがと、ございます…」
膝の上に置いた籐のバッグの持ち手を、きゅっと握った。
かあっと、体温が一、二度くらい上がった気がして、恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
宇都宮駅でピックアップされたとき。
車外へ降りた京一さんの姿に胸が忙しなく鳴って、それが今も治まっていない。長身で体格のいい男性のスタイルには、兄弟で見慣れているハズなのに。
「京一さんこそ、今日、いつもと雰囲気が違ってて」
"素敵です"
運転中だから、フェイストゥフェイスで話しているワケでもないのに、照れすぎて、でも、一緒にいることが嬉しくて、その一言がなかなか言えない。私ってこんなに口下手だったっけと疑ってしまうほど、言葉が出なかった。
京一さんの定番、ミドルブーツに収まるモスグリーンの細身パンツ。Vネックの黒いリブニットの袖を少したくし上げて。フロントガラスを見ていても、京一さんの男らしい腕が視界に入ってしまう。夜に出会う彼とはガラリと違うその姿を、見ていたいのに。見ようと首を傾けると、前を向いたまま、横目でちらと見られ、目が合った。その目が、夜に見る京一さんと、全然、違ってて。
(さっきから心臓うるさいよう…)
見られて、恥ずかしくてたまらなくて、目を泳がせた。
そんなやさしい目で、私を見ないで。
「すごく、素敵です。京一さん」
やっと出てきた、伝えたかった言葉。のどに、何か詰まった感覚になって、少しどもってしまった。ちゃんと言えた、かな…。
トレードマークのバンダナの場所には、グレイ色のヘリンボーンハンチング。速すぎる動悸が原因で死んでしまいそうな胸を鎮めるために、いつもと違う、けれどお似合いだなと思うその帽子に、意識を寄せた。
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