【SZY.】


Non


由緒ある伝統のチーム。そのナンバーを背負うなんてこれはきっと夢なんじゃないかと、スタートを待つマシンの中でステアリングを握りながら考えていた。

『ぼうっとしてんじゃないわよ、集中』
『っすみません』

直ぐに現実へ引き戻された。自分をここへ推薦してくれた当人…コントローラーからの軽い叱咤で。

『何度も何度も言われて耳タコだとは思うけど、これがあんたのデビューでありシーズン開幕戦であり、あんたの相棒のデビューレースなんだから。お祝いを"お祝い"のまま、今日を終えるわよ』

国内最高峰モータースポーツ、SUPER GT。やっとここまで来た。やっとシートを手にした。新しい舞台と新しい仲間、そして今季から導入された新マシン…胸が高鳴らないはずがない。夢なんかじゃない。これは現実。

(いくぞ、相棒)



はじまりの海



開幕戦スタート前、グリッドウォーク。
予選で決まった走行順に沿って並び、エンジン点火を待ちわびている各車。そのとなりに立つは、ゼッケンナンバーのプラカードを持ち背筋を伸ばすチームの華がひとり。 今日は特に、笑顔が輝いていた。

グリッドウォークは一般客も参加出来る時間のため、お目当てのドライバーや監督に会いに行くことが可能だ。もちろん、華…レースクィーンにも。プラカードを持つグリッドガールの彼女も例外ではない。というより、老若男女問わず彼女目当てのファンが特に多いのだ。

(話しかける時間…なさそうだな…)

今の時間、ドライバーは心身ともにリラックスを優先し、ファンや時折マスコミに応えつつチェアに座りのんびり過ごすことが多い。忙しなくしているのは監督以下クルーたち。サングラスをしているから視線を追われることは無いだろうとタカを括り、彼女に目を遣った。

『あまり見てるとバレるわよ』
「ひっ!」

突然インカムに流れた低声に息を飲んだ。となりの先輩ドライバーにどうしたと驚かれるほど肩を竦めて。

『言ってなかったかしらね、彼女も私が目をかけている子なの。数年前にうちに引き抜いてね…愛らしいでしょう?ああ心配しないで、あの子への恋愛感情はないわ。あとこのインカムもあんたと私だけ繋げてあるから』

ガヤガヤと賑やかな環境音が一切も聞こえない。全神経が耳に集中して、冷や汗を感じる。

『あんたがチームに来てからあの子を目で追ってるのは知ってたわ。でもそれはファンやマスコミが居ないときだけにしなさい。少しの目配せや顔の向きでもゴシップにしたがる奴はいるのよ。とりわけ、あんたは注目株なんですからね』
「はい…、軽率でした。気を付けます」
『彼女の気を引きたいのなら、視線じゃなくて結果をみせなさい。レースで速い奴はどんな時代もカッコいいものよ』

先ほどの低声が嘘のように穏やかになった。一体どこで話しているのやらとチェアから腰をあげると、ガレージの壁に凭れてこちらへ手を一振り。妬ましいほどのイケメンが、ふ、と口角を上げたのが見えた。

「先輩」
「ん?」
「うちのコントローラーって、全身に目がついてるんすかね」
「すごいだろう?ちゃんと見てるからな彼は」

何があったかは訊かないぞはっはっはと豪快に笑って、背中を叩かれたのだった。


*****

開幕戦はいつも肌寒い。
本州の南に位置するサーキットでも、この4月はまだ長袖が必要だ。陽が差していても風が刺さる。

(冬コスのほうがよかったかなあ、太陽の光がありがたい…)

晴天に負けない笑顔でファンに応えるグリッドウォーク。『お日様みたい』『元気をもらえる』、自分に付けられたキャッチコピーのとおりに仕事をこなす。誰かの支えになる存在であることが誇らしかった。だが冷気に晒される露出の多いコスチュームに、内心苦笑い。

(ガレージに戻ったらすぐにベンチコート羽織ろう…集中集中)

ピンショット、ファンと2ショット、チームガールズと集合写真 。自分がスポンサーやチームの広告塔である責任を、頭頂から足先全身に張り巡らせて。その姿を見てくれた人が、数年前自分をこのチームへ招いてくれた。

「お疲れ様、いい笑顔だったわね」
「ありがとうございますコントローラー」
「…」
「あの、なにか…ってキャッ!」
「やっぱり今日は冬コスがよかったかしらねぇ。大事なお腹が冷えてるわ。トランポあたためてあるからみんなですぐ入りなさい」

気遣いの神だと思う。ウェストに触れながら話すチームのコントローラー…自分を導いてくれた、業界屈指の逸材と言われている人物。彼のからだに一体いくつ目が付いているのだろうと思わせるほど、クルーひとりひとりを見て大切に扱ってくれる。

「うちのコントローラー、あれで独身てやばいでしょ…」
「だよね…引く手数多のはずよね…顔がすこぶる良い…」
「スペック高すぎて逆に手が出せないわ…」

わかる〜とトランポでガールズトーク。冷えたからだをあたためながら、メイク直しをしていたとき。

とんとんとん
トランポのノック音。
更衣中のメンバーがいないか確認したのち、ドアを開けた。

「お疲れ様です。いま、えっと、大丈夫ですか」
「(Bドラの…)ええ、大丈夫ですよ。なにかご用ですか?」

今季から加入した、GTデビューのドライバーだった。心持ち焦りが見える。

「さっき外めっちゃ寒かったから、コスチュームだと冷えたんじゃないかと思って…良かったらこれ、」
「…カイロ?」
「皆さんで使ってください。オレ、今日までまわりの人たちに助けてもらってばかりで、何も返せてないから…。これから支えて下さる皆さんには、ちゃんと感謝の気持ちを返していけたらと思って…め、迷惑だったらすみません」

そう言って、照れながら眉毛を下げてくしゃっと笑う顔に、心揺さぶられた。

「…支えるだけじゃないですよ」
「え、」
「一緒に戦ってるんです。私たちも、あなた方ドライバーと一緒に。監督もメカも、頭が上がらないコントローラーも、全員で。今日のデビュー戦、勝ちましょうね!」
「っはい!」

トランポに来たときの焦りから一変、その瞳には闘志が見えた気がした。

「チームがひとつになるって、素晴らしいことだわ」
「あれれ〜?チーク耳まで乗せちゃったかんじ?」
「え、ちょっ、やだ、揶揄わないで!」




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