プロローグ / 現実編(2)

 ましろと理志が通う高校は、どこにでもあるような普通の高校だ。平均的な学力に、平均的な大会の成績。まさに普通を詰め込んだようなその高校では、最近異世界に行けるといううわさが流れ始めている。つい先日もそれを試した生徒がやれ怪我をしたのだの、やれいなくなって別の場所で発見されただの、そんな話がどんどん付随されているのである。だからこそ興味をもつ人が試そうとしているのだ。
 ましろと理志のいるクラスでもそうだ。放課後に試してみようかという話がでているのにたいし、わざわざクラス全員が参加するレクリエーションという形でやりたいといいだした生徒が現れたのだ。それにクラスは大いにわいた。しまいには、そういったうわさの類を検証してみようというよくわからない展開になっている。そして、その展開に理志は困惑していた。
 ――理志の覚えている物語ゲームでは、そんな展開にはなっていない。
 確か物語ゲームの導入では、ましろは教師の手伝いをしていると、放課後の教室でそれを試そうとする集団と鉢合わせるのだ。そして、巻き込まれて元いた世界に戻ることになるのである。

「どちらかというとクトゥルフ神話に近いような気がするが」

 そう言ったのは様子を見守っていた担任教師である。御津葉みつば央蓮おうれんという社会科の教師だ。整っている外見をしているのは乙女ゲームの世界の登場人物だからだろうか。少し伸びた茶色い髪を後ろで一つ結びにしてい彼は、サムライボーイと英語の教師に呼ばれている。
 教室の後ろのほうで央蓮おうれんは成り行きを見ていたが、何か思うことがあってそう告げたらしい。この教師がましろに手伝いを言いつけた本人であり、そしてましろと同じように流れで参加した後に異世界に飛ばされる人だ。央蓮おうれんはちらりとやってみたいと言い出した生徒たちを見た。

「願いをかなえるかわりに何かを取られなければいいが」

 央蓮おうれんの言葉にやんちゃな生徒が「央蓮おうれんちゃん、信じてるの?」とからかうように告げる。序盤にある放課後のシーンと同じくだりである。

「いや、個人的な興味はある。その手の話は好きだ」
「じゃあさ、央蓮おうれんちゃんもやろうよ」

 あれよあれよと周りは話を進めていく。とめるべきか、そのまま話に乗るべきか。理志は斜め前の席にいるましろの背中を見つめた。ましろはその視線に気づかずに、近くの席にいる友達と話しているようであるが。

「いつもながらに熱心だねぇ」

 不意にそう隣の席から声をかけられて理志は肩をゆらす。隣の女子生徒は眼鏡のはしをくいっと上げた。正直言って理志があまりかかわらなかった生徒である。名前は地後ちうしろさくらだったはずだ。
 おとなしいグループにいつもいて、央蓮おうれんの手伝いをよくしているイメージもある。優等生かと理志は思っていたが、理志が盗み見たテストの点数はあまりよくなかった。そして、ましろの友達だ。最近、ましろからさくらの名前を理志はよく聞く。にぎやかな楽しい子だよ、と笑っていたのも記憶に新しい。

「なにが」
「ましろちゃんを見つめる目が。少年、私の好物は年上と年の差恋愛と幼馴染みの片思いでしてね」
「言ってろ」

 さくらの言葉に理志は苦笑いした。これは推しへの心配であり、恋愛感情ではない。理志の言葉にさくらはましろの後ろ姿をおなじように眺めた。

「かあいいよね、ましろちゃん。さすがヒロインっていうか。ヒロインの中では一番推しだわ。胸糞エンド多すぎるけど」

 さくらの言葉に、理志は目を見開く。

「今、お前なんて言った?」
「え? ましろちゃんは、かあいい。私の推しって言った」
「それはわかるとしか言えない。そのあとだよ」

 理志の言葉にさくらは目をそらす。いかにもやってしまった、という表情をしていた。

「独り言だから気にしなくていいよ」

 その返答に理志は少し考える。これはつつくべきだ。

「白薔薇の騎士団の推しは誰だ? 俺は圧倒的にカルネヴァム」
「カルネヴァムはましろちゃん安全だけど、周りが胸糞案件でしょ。ルジェ様」

 さらっと答えたさくらに胸糞案件はどっちだよ、と理志が返す。そして、理志とさくらは握手をした。この人物は間違いなく同類だ。

「長佐くん、今いくつ? 私、16歳と約384カ月」
「この間誕生日きたから17歳プラス22歳」
「おお。それでも年下ね。某名探偵みたいになってて、めちゃくちゃ焦んなかった?」
「焦った。隣に引っ越してきたのが推しの美少女でさらに焦った」

 理志の発言に、さくらはわかる! とうなずいた。さくらさくらで、推しが教師だったものだから学校生活がたのしすぎるのである。推しトークを会話をしたいところであるが、理志はそれをぐっとこらえてさくらに声をかける。

「この流れ、どう思う?」
「どうも何もないよ。ちょっと外れてるけど物語通り。なに、少年はとめたいの?」
「ましろに幸せになってほしい」
「わかる。私も先生に幸せになってほしい」

 さくらはそういってうなずく。理志はさくらの言葉に首をかしげる。

「先生?」
「ああー、もしかしてましろちゃんが主人公の『薔薇の王国ロドン編』しかご存じない?」

 さくらの言葉に理志はゲームを思い浮かべる。確かにシリーズものなのだ。ましろがヒロインをしている物語は『薔薇の王国ロドン編』とされることだけ覚えている。さくらは理志の様子を見て口を開いた。

「あのゲーム、五つの国があったでしょ」
「ああ、確か」
「それぞれ話があるの。ましろちゃんが主人公なのが『薔薇の王国ロドン編』。先生が主人公なのが『蓮の皇国リイエン編』」
「ギャルゲー?」
「まさか。それは『天竺連合ペヨトル編』だよ」

 けらけらとさくらは笑う。理志が首をかしげたが、それ以上は教えてくれないらしい。

「バッドエンドの類がおおいっていうのが、あのゲームの特徴だけど。下手したら先生国賊処刑エンドとかあるし、戦争とかになって国同士が争うのも嫌じゃん」

 さくらはそういって生徒と会話している央蓮おうれんをみた。こういう穏やかな時間がすきだった、と作中で央蓮おうれんが吐露するシーンをさくらはよく覚えていた。
 だからさ、とさくらは理志をみた。

「先生についていって、原作の知識をフル活用して何もかもハッピーエンドにしようとおもって」

 その言葉に、理志は目を瞬いた。
 自分では思いつかなかった。目から鱗とはこういうことだろう。

 そうである。その手がある。理志にはどういう選択でどういうルートにはいるかも、周りがましろに向ける感情も、ましろであった人物に向けている感情も全部理解している。一緒に異世界にまで行ってしまえば、幼馴染みの幸せのために何ができるかと悩むよりも何とかなる可能性は確かに高いのだ。

「そうだよ、そうだよな、そうすればいいんじゃん。俺もそうする」

 理志の言葉にさくらは理志を見た。大丈夫だろうか、という心配も込めて。
 さくらは先生やあの皇国のキャラクターためならどんなことも耐えられるし、最悪自分が死んだり壊れたりしてもいいと思っている。推しのためなら死ぬ覚悟がある。でも、そうならないようにする覚悟もあった。
 なぜなら教師である央蓮おうれんが悲しむからだ。物語ゲームにおいても、生徒の犠牲を誰よりも嘆くからだ。だからこそ、さくらは一緒に一番きな臭い国へと自ら出向くのだ。
 理志にも同じような覚悟あるかもしれない。しかし、理志がそうなっては恐らく主人公ましろは何よりも悲しむ。

「同じような身である私は応援するけど、無理しなさんなよ、少年」

 さくらはどこか燃えている理志をみてそう告げた。

「ましろちゃんにとっての幸せがどういうものかを考えることを忘れちゃだめ」

 それはただ一つ、ましろの友人であるさくらがいえることだった。理志はうなずく。当たり前だと。
 さくらはそれを聞いて内心ため息をついた。理志はおそらく言葉の意味を理解していない。クラスでは、噂を検証する日時がちゃくちゃくと計画されていた。