プロローグ / 薔薇の王国編(3)
大変なことになってしまった。ましろは困り顔である。
理志とは違う部屋に通されたのは仕方がないだろう。しかし、同性であるし、
桜と同じ部屋に通してもらいたかったというのが本音だった。いや、ほかの同性たちは同じ部屋のこともあるようだが、ましろは薔薇の紋章の上に現れたロドンの聖女である。だからこそ、違う部屋に通されている。そして、それだけではない。目の前にいる使用人をましろは知っていた。昔からいるメイドで昔のましろにとっては姉のような人物だったメイド――チェリッシュ=ブルユバーだ。紫というよりは桃色に近い瞳を持つ彼女はハウウェルの遠縁であるらしい。まるで小麦畑のような金色の髪を後ろでお団子にして、クラッシックなメイド服に身を包んでいある。見とれるような美女であることには間違いない。昔も求婚が絶えなかったのをましろはしっかりと覚えている。
美しいドレスを手に、チェリッシュはましろにあてがう。晩餐会を開くと言い出した王たちに、ましろたちは急遽そういった服装に身を包む必要がでてきたのだ。
「聖女様は何色でもお似合いになりますね。しかし、濃い色よりは淡い色がお似合いです」
薄い緑いろ。薄い水色。はたまた黄色に、薄い桃色。そう言ったものを一通りあてがう。そうしてチェリッシュは鏡に映るましろをみて困り顔をした。
「おそらくは白が一番お似合いになりそうですが……」
「この国では忌まわしい色なんですよね」
ましろの問いかけに、チェリッシュはうなずく。
「白は魔女の色とされ、この国では黒と並び不浄なものとされています」
魔女。ましろはその言葉に目を伏せた。
ましろはその魔女であった記憶がある。この国の第二王女であるアンナであったのは間違いない。アンナは国民を愛していたし、国民もまたましろの前世であったアンナをあいしていた。それがどうしてそうなったのかはわからない。いつの間にか周り味方がいなくなって、アンナは一人この城に幽閉されたのだ。
そうして事態を把握したのは自分と誓いを立てた『
剣人』達が乗り込んできて刃を向けたときだった。
――あなたは俺たちをだましていたんだ!
その言葉をかわぎりに、ないことばかりを言われる。免罪であると証明することも許されなかった。話も聞いてくれなかった。ただ、アンナは自分の役目を悟った。
国民たちの不満は確かに高まっていたし、アンナがどう頑張っても国の状況は好転することはなかったのだ。そんな中の出来事である。それが噂によって一気に不満がふきだし、そのすべての矛先がアンナに向いたのである。
アンナは自分の無実を証明することよりも、汚名を被ったまま自らの死を選んだ。
なぜならそうすれば、周りがきっと幸せになるのだと信じていたからだ。
現にこの国は民はいまや幸せそうである。兄や姉であった人も、かかわりがあった人も、騎士であった人も元気に過ごしているのだとはましろには見て取れた。
だからこそ、ましろはここにいてはいけないと思っている。理志も
桜もつれて、元の世界に戻らないとならない。
「私はこの王城にふさわしくはありません。元の場所に帰らないと」
「そんなことをおっしゃらないで。この国は黒い茨に悩まされているのです。きっと王はそれを嘆かれて聖人様を召喚しようとされたのでしょう」
「黒い茨?」
「闇の化身ともいわれています。この国には見えないところで問題は山積みなのです」
チェリッシュはそういって、うすい桃色のドレスをましろにあてがった。
「『
剣人』達は格差がひろがり、『
剣人』達の『黒腐病』がいつ映るかと皆ひやひやしております」
その言葉にましろは首を傾げた。それをみたチェリッシュは説明をする。
「もしや、聖女様のお世界にはいないのでしょうか」
「……はい、いません」
「この世界では三種類の人種がいます。『
剣人』『
鞘人』、そしてその双方に属さない人間です」
チェリッシュはそういってドレスを置くと、つぎは髪を結うかざりだと宝石箱から髪飾りをとりだした。
「『
剣人』とはその名の通り、剣の人です。どういうわけか、自らの魂を剣として取り出しほうっておけば暴れる野蛮な存在なのです。しかし、その凶暴性は『
鞘人』と誓いを交わし、『
鞘人』がその剣をとりだすことにより失われます。『
鞘人』は町人などには存在せず、貴族のみに存在するので選ばれることは大変名誉なことなのです」
ましろはその説明に困った顔をする。そうでないことをましろは知っている。『
剣人』という人たちが凶暴だといわれるのは、いろいろな要因が重なっているからだ。『
剣人』は普通の人と同じような姿をしているが、だれよりも強靭な体を持っている。戦闘に特化している、といわれたらそうなのだろう。その特異の性質により、
戦争時は活躍するが平和な時は疎まれる。人は皆理解できないものを恐れるから。普通の人の多くは『
剣人』を恐れ、差別をする。理解しようとしないのだ。それが積み重なった結果、貧困にあえぐことになり、悪さをする『
剣人』たちがでてくるのだ。
アンナが生きていた時代はまだ差別は落ち着いていた。なぜならアンナの父親である青薔薇の王がそれを窘め生活を保障したりしていたからだ。しかし、それは王の死後崩れることとなる。
「黒腐病は『
剣人』達の病気です。体が変色し、腐っていくのです。手足がもげるものもいるのだとか」
「その病気は本当にうつるのですか?」
ましろはそうチェリッシュに尋ねた。チェリッシュはなんともないように「うつるといわれていますよ」と答える。
「エレリーナ様がおっしゃるのだから間違いありません」
チェリッシュの返答にましろは口をつぐむ。あの病気は『
剣人』特有の病でうつらないのだと告げたところで、誰も信じないだろう。ましろはその話題から無難な薔薇の話題に切り替える。チェリッシュはうなずいて楽しそうに美しい庭園の話をはじめた。