『仕事終わったッスよー、真黒せーんぱい』



時の政府の一室。奥の高そうな椅子に腰かけているその人に書類を差し出した。昨夜から今朝にかけて行っていた黒本丸調査の報告書だ。

聞いていた内容は、最近書類が一つも上がってこないという本丸の調査。政府の役人にだって出来るだろうそれをわざわざ俺たちのチームの任務にされたんだ。黒本丸になり得る可能性があるなら俺たち"黒本丸修復更正部隊"の仕事だろう…という、上の方で胡座かいてるジジイ共のご意見らしい。静かに中指突き立ててやった。


ところがどっこい、結局は調査どころじゃなかった。本丸自体は通常機能していて、そこの刀剣男士に聞けば頭を抱えながら主を何とかしてほしいとお願いされた。審神者の部屋に行ってみれば、仕事放棄して刀剣とイチャコラしている女審神者のオバハン。しかも半裸。見ちゃった。

顔を真っ赤にしたオバハンは中途半端に強い術で反抗するもんだから、相棒と一緒に朝まで攻防戦。なんとか取り押さえて政府に強制連行し、先程その報告書を書き終えたところだ。

本当は一眠りしてから纏めて書こうと思ってたのに。すぐに書いて出せとか言われなければさっさと帰って寝てたよ畜生。



真「お疲れ様。眠そうだね」


『当たり前っしょ?こっちは徹夜してんスよ?』



くぁぁと欠伸をしながら睨み付ける。政府ではそこそこ偉い地位を持つらしい俺の先輩、真黒。彼は報告書を受け取り中身を確認すると俺の後方へと視線をやった。



真「クロは?一緒じゃないの?」


『報告書、二人分あるっしょ?クロちゃんは先に帰しました』


真「なんで?一緒に来れば良かったのに」


『薬研くんに柄まで通されたいなら今からでも呼びましょうか?』


真「いや!良い!遠慮しとく!!」



俺の相棒の女の子、クロちゃんは真黒先輩の義妹だ。ずっと政府に虐げられてきた彼女は、つい先日その戒めが解かれ無所属の審神者になった。ついでに言うと彼女は薬研藤四郎と恋仲にもなった。

そんなクロちゃんが未だに政府の任務をこなし、審神者として働くのは彼女の刀剣男士のため。それを薬研くんたちも理解している。だからこそ彼女が政府に足を踏み入れる時、彼らは用心深く睨みを効かせているのだ。再び不幸が彼女に降りかからないように。

そしてそれは俺も同じ。クロちゃんは俺が気に入った唯一の相棒だ。幸せであってほしいと自分でも驚くほど素直にそう思っている。

ま、薬研くんといる時のあの幸せそうな顔見ちゃ応援しないなんて有り得ないんだけどね。



『じゃ、俺も帰って寝るッス』


真「うん。ありがとね」


『でも次はもうちょっと正確な資料寄越してくださいよ?調査くらいなら政府で何とかしてほしいッスね』


真「はは…。上に投げておくよ」


『期待しないので待ってません』


真「う、ごめん…」



しゅんと縮こまる先輩に背を向け扉に手をかける。今日の昼飯は光忠に頼もう。眠すぎる。



真「あ、瑪瑙!」


『…なんスか?』



さあ帰るぞと扉を開けたところで呼び止められ、気怠げに振り向くと先輩は目を細めて静かに口を開いた。



真「近頃、時間遡行軍の強さが上がってきているらしいんだ。ここ一ヶ月で折られた刀剣の総数も増えている」


『…………』


真「それに加えて、審神者が狙われるなんてことも頻繁になってきているんだ。君たちの初任務のようにね。大丈夫だとは思うけど、気をつけて」


『…了解』



いつになく真剣な声に頷き、今度こそその部屋を後にした。










山姥「…随分と長かったな」



廊下で待っていた刀剣たちを引き連れ帰路につく。すると昨日からの近侍であり俺の初期刀、山姥切国広が呟くように言った。通称クニ。



『んー、なんか忠告された。敵の勢力が強くなってきたから注意しろってさ』


山姥「遡行軍か」


『ああ』



本来やるべき審神者と刀剣男士の仕事は歴史を守ることだ。歴史修正主義者率いる時間遡行軍の殲滅。これまでにも多くの敵と戦って皆も強くなったと思う。

しかし、それでもまだ足りないから先輩は忠告したんだろう。あの人が心配性だってのもあるけど、彼の言うことは聞いておくに越したことはないとこれまでの経験からわかっている。



『ま、今日はそれより先に休まないとね』



鳥居を潜ればそこは俺たちの家。俺たちの本丸だ。
ちょうど朝飯を終えたところなんだろう、内番に向かう連中がわらわらと出てくるところだった。

その中から超特急で俺の元にやってくる人影が一つ。



長「お帰りなさいませ、主」



礼儀正しくも四十五度きっちり頭を垂れる刀剣男士、へし切長谷部。今日の近侍だ。
真面目というか忠実過ぎるんだよな、長谷部は。そんで主命を嬉々として待ち望んでいる様はまるで忠犬。

あ、耳と尻尾が見えた。
どこの長谷部もこんな感じなのか?



『ただいま、長谷部。変わりない?』


長「はい。お留守の間は何事もなく。今は各々内番へと向かっているところです」


『そっか、サンキュー』


長「本日のご予定は?」


『とりあえず帰宅組は休み。クニ、手入れ部屋開けといてくれ』


山姥「わかった」


『他は昨日指示した通り。第二部隊は遠征、第三部隊は鍛練で。長谷部、風呂沸かしといてくれる?手入れ終わったら入るから』


長「畏まりました」



クニたち帰宅組を先に行かせ、俺は一人ある場所へと向かう。俺の癒しの空間に十中八九そいつはいるだろう。



燭「あ、おかえり主」



ほら、いた。



『ただいま、光忠。相変わらず料理好きだな』


燭「まぁね。主と同じだよ」



厨で食器を片付けながらおやつの用意をしている光忠。その様子にある意味感心した。

刀剣のくせに主婦みたいだといつも思う。人間でもそんな器用な奴そうそういないよ?



燭「主、朝御飯は?」


『いや。手入れしたら風呂入って寝る。悪いけど昼飯の用意頼んで良い?夜は俺がやるから』


燭「了解。ゆっくり休んでね」



にこりと笑う光忠に礼を言い厨を後にした。


 

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