クニたちの手入れを終え、一人風呂に浸かる。
昨夜もしんどかったなぁ。あの女審神者、見境無しに術放ちやがって…。
特別部隊なんて頼まれてもやるモンじゃないなと実感。ま、翡翠に瑠璃にクロちゃん。あの三人がいるから俺も続いているんだろう。
薬「よぉ、大将。お疲れさん」
『おー、薬研』
湯船でぼけーっとしていると入ってきた白衣の短刀、薬研藤四郎。流石に眼鏡は曇るから外している。
『ふーん、面白いな』
薬「何がだ?」
『さっきまで"薬研くん"と一緒だったのに、やっぱ違うんだなぁと』
薬「?……ああ、相棒さんのか」
クロちゃんの近侍は薬研くんだ。会う時は必ず連れているし、任務でも外されることは無い。
彼女の薬研くんと俺の薬研。個体差というものだろうか、同じ刀剣でもやはりどこか違う。主の霊力とかも関わってくるのか、生活環境か。
双子じゃないのに瓜二つの奴がいて、それぞれの主の元でバラバラに生活している。過去の記憶は同じなのに、顕現してからの記憶は主が違うから当然違う。面白いな刀剣男士って。
『なぁ、お前は恋しないの?』
薬「なんだ突然、藪から棒に」
『クロちゃんの薬研くんは彼女にベタ惚れだからさ、お前もクロちゃん好きになっちゃうのかなーって』
薬「おいおい…。確かにあの人は別嬪さんだが、俺っちとあの人の俺は別物だ。共に過ごした時間だって違うんだから恋情なんて生まれないさ」
『へー、そういうモンか』
薬「そういうモンだ。それにもし全員の俺があの人に恋してみろ。演練場が大変なことになるぞ?」
『ぷはっ、確かにな!』
全ての薬研藤四郎がクロちゃんに群がっていくことになる。薬研って独占欲強そうだからなぁ我先にと神隠ししに掛かるだろう。面白そうだけどね。
薬「…んで?怪我したとこ見せてもらおうか?」
『…やっぱり気づいてたか』
流石は医術をかじってるだけあるな。薬研には隠しても無駄か。
逃がさんとばかりに肩を掴まれ、苦笑しながら湯から出る。そろそろ逆上せそうだ。
『先に俺の部屋行ってて。逃げやしないよ』
薬「わかった」
出ていく薬研の背を見送って、俺も風呂から上がった。春の空気はまだ冷たいな。髪から滴る雫が身体に落ちる度にもう一度湯に浸かりたくなる。
湯冷めしない内に着替えて部屋に向かえば薬研が薬箱を用意して正座して待っていた。布団も敷かれている。
…なんか勘違いしそうな絵面だ。
薬「で、どこだ?」
座るなり間髪いれずに聞いてくる彼に逆らえる者などいるのだろうか?ギラリと光る眼鏡の奥が怖い。
観念して顔の右側に掛かる髪を避ければ彼は少し眉を寄せた。
『ちょっと掠っちゃった』
薬「…はぁ、まったく」
詳しく語らずとも察してくれたらしい。塗り薬を手に取り優しく塗り込んでくれる薬研に少しの申し訳なさを感じた。
『悪いな』
コレの事情を知ってるのは初期メンバー…クニ、小夜、次郎、薬研、光忠、大倶利伽羅だけだ。他の連中は詳しく聞いてくることは無い。興味が無いのか、俺が言うのを待っているのか。まぁ後者なんだろうな。
俺も話す必要は無いと思っているから言ってない。本当なら初期メンバーもそうだったんだが、ある日をきっかけに知られてしまった。それを悪いと思う日が来るとは…俺もだいぶ丸くなったってことなんだろう。
薬「いいや。構わねぇさ、これくらい。もし痛み出したら言ってくれ。また薬塗るから」
『りょーかい』
薬「じゃ、ゆっくり寝ろよ大将」
『ああ、サンキューな』
薬を片付けて出ていく薬研。パタンと襖が閉じられると同時に布団に倒れ込んだ。前髪の下に手を添えそこをなぞる。
『しくった〜…』
バレるとは思ってたけどココに傷作っちゃうとは…。痛恨のミス。
あのオバハン審神者め、顔面狙うとか無いだろ普通。危うくクロちゃんにまで傷つけるとこだったし。否、薬研くんがいるからそれは無いか。
目を閉じると嫌な記憶が思い起こされた。俺の過去。俺が全てを拒絶していたあの頃の記憶。
『…………』
嫌な思い出ほど強く残るのは何故なんだろうな?
楽しい思い出も確かにある筈なのに、それ以上に深く刻まれた傷の方がジクジクと痛み蝕んでいく。
いい加減に忘れたいんだがな…。それは難しいか。
腕で顔を覆い僅かな光さえも閉ざすと襲い来る睡魔と疲労。ダメだ、もう眠い。
考える頭さえも機能しなくなり、いつの間にか俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
燭「主、お昼だよ…。あーあ、掛け布団の上で寝ちゃってるよ」
薬「…ぐっすりだな。寝かしとくか」
燭「そうだね。とりあえず袿でも掛けておこう。ちょうど良いや。クニくん、夜まで主の見張り頼んだよ」
山姥「写しに何を期待しているのやら」
燭「大丈夫!クニくんなら主も安眠できるだろうしね」
山姥「……、…はぁ、わかった」