真っ暗な空間で微笑を浮かべ、静かに佇む女。奏(カナデ)。幼少期、共に過ごしてきた俺の義姉の一人だ。
口角を僅かに上げてゆるりと微笑むそれは、笑い方こそクロちゃんに近いものはあるが、しかしその瞳に映る淀みは比べるまでも無く邪悪なもの。俺の大嫌いな嘘つきの目。



奏「会いたかったよ、ユウくん」


『俺は会いたくなかった』


奏「…………。
酷いこと言うわね。ずっと探してたのに……」


『頼んでねぇし前にも言っただろうが。二度とそのツラ見せに来んなって』


奏「ふふ。そんなの無理に決まってるじゃない。わかってるくせに」



口許に手を添えて上品にクスクスと笑う奏に舌打ちする。
この女、最後に会った時から全く変わってねぇ。俺の言葉を悉く良い方に解釈しやがって。

俺の数歩後ろからチャキと鯉口を切る音が聞こえた。
まだ抜刀すんなよ、光忠? クニの殺気もすげぇな。
それを受けてもただ笑ってるだけの奏はいつ見ても気味が悪い。

……まぁいい。それより、ここから出る方法を探すのが先か。
ここは空間と空間を繋ぐ狭間のような場所だ。政府と本丸を繋ぐ僅かな隙間から俺たちだけを呼び寄せたのだろう。恐らく瑠璃たちはそのまま俺の本丸に辿り着いている筈。今頃大騒ぎしてんだろうな。



燭「……主」


『まだ抑えろよ光忠。クニもまだ抜くな』


奏「優しいね、ユウくん」


『…………』


奏「昔から私のこと守ってくれる……そういうとこ大好きよ」


山姥「あんたの耳には相変わらず美化されて聞こえるんだな。主の言葉にあんたへ向けられた優しさはどこにも無かったが?」


奏「あら? 貴方こそ、主であるユウくんの言葉を汲み取れて無いんじゃないかしら? 理解力の無い刀ね」


山姥「……おい」


『わかってるよクニ。お前が正しい。こんな女の言うこと間に受けんなよ二人とも』


燭「間に受けるつもりは無いけどかなり頭には来てるよ、主。女性には優しくしたいところだけどね」



それとこれとは別だと言う光忠の眼力は、女性へ向けるそれとは似つかない冷たい色をしている。俺がゴーサインを出す前に斬り掛かってしまいそうだ。

そんな様子を前にしても尚、この女はどこ吹く風といったように懐かしむような目で俺を眺める。



奏「でも見つかって良かったわ。やっとまた家族で過ごせるのね」


『誰が誰と過ごすって? てめぇらとの仲良しごっこには飽き飽きしてんだよこっちは』


奏「その口の悪さも懐かしいわ」


『チッ』



ほんと俺の話聞きゃしねぇ。
悪いな、クニ、光忠。俺自身も抑えがきかなくなりそうだ。



奏「あの審神者さん……、"クロさん"だったかしら?」


『!』


奏「彼女も性格悪いわね。私が探してるのユウくんだってわかってた筈なのに、「わかりません」って誤摩化して独り占めしようだなんて。私のユウくんなのに」


『クロちゃんは関係ねぇだろ。そもそも俺はてめぇみてぇな気違い女のモンになった覚えはねぇ』


奏「良いのよ、ユウくんは何も気にしなくて。あんな女に誑かされちゃダメよ。色々調べたけど、彼女色んな男と寝てるのね?」


『っ! おい、てめぇ……』



何を見た?
どうやって調べた?
まさか、あの子の過去を見に行ったのか?



奏「実の父親とか親戚とか。妹さんが病気だからとか言い訳にして随分な生活してたわ。辛そうに見せかけて自分は気持ちいいことばかりだなんて、牝狐ってああいう女のことなんだわ。あんなのがユウくんのパートナー? 許せない」



ブワリと奏の髪が靡いた。今までとはまるで違う、殺気を帯びた瞳。溢れ出てくるその力は、俺と同じ"地"属性を持つ力。



燭「主、あれ!」


山姥「っ、時間遡行軍……」



真っ暗闇から湧いて出てくる時間遡行軍に、二人は抜刀して構える。数は五十ってところか。俺も闘えるとはいえ、この状況は不利だ。



奏「だからね、ユウくん。私、あの女も殺しちゃおうと思うの。ついでに妹さんも。だって邪魔なんだもの」


『また勝手な理由つけやがってふざけんな!』


奏「勝手じゃないわよ。ユウくんの周りにはいつも髪の長い女がうろついてて、ユウくんにとっても悪影響でしか無いでしょ?
あの二人を殺したら、ユウくんも私たちのところに来てちょうだい」


『はあ!?』


奏「来てくれたら、あの日ユウくんからもらったこの力も返してあげられるわ。右目も治してあげるね」


山姥「あれは……!」


燭「主の……目っ」



ペロリ……と口から出されたソレ。頬が引き攣る感じがした。

二年前、この女に喰われた右の眼球。同時に奪われた俺の力。
そのせいで俺の見える世界は半分になり、審神者としての能力は半減した。

奏は再び口内へとソレを納めるとゆっくりと嚥下して唇を舐めた。



『いらねぇよンなもん気色悪ぃ! いい加減にしやがれ化け物女!!』



俺自身が舐められたわけでもないのに鳥肌が立った。
気持ち悪ぃ、何なんだこいつ! これ以上話してたら俺が俺じゃなくなりそうだ。

地の力の源は俺。つまり、俺がいることによって奏に渡っている力も増加する。長引かせたら確実に負ける。



『山姥切国広! 燭台切光忠! 戦闘を許可する! とっとと倒して帰んぞ!』


山姥「ああ!」


燭「了解!」










「あたしもいること、忘れちゃダメだよ。ユウ」


 

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