『私たちの本丸が再建されて約半年……。まだまだゆっくりさせてもらうことはできないようです。薬研』



日が沈み、薄明かるい月が姿を現してきた時間帯。

自室から出てきた大将は、俺を見るとゆるりと目元を和ませ、静かに息を吐いた。

俺と大将は、一日の終わりには必ずその日にあったことを報告し合う。出陣や鍛練については勿論、兄弟たちの微笑ましい様子等の雑談をすることもある。

しかし、今日はそんな和やかな話題を出している場合ではなさそうだ。



『縁側で話しましょうか。室内は暑いですし』


薬「そうだな」



夏の終わりと言えどまだまだ暑い。
生温い夜風が汗を拭うように頬を撫で、夏特有の蛙の鳴き声が辺りに響いている。耳に心地好い鈴虫や蟋蟀が現れるのは、もう少し先だろう。

縁側に座った大将の隣に俺も腰を下ろすと、気持ちの良い風が俺たちを包んだ。
先程までと明らかに温度が違う涼しい風。

……大将、自分で風起こしてるな?



薬「瑪瑙は何て言ってた?」



早速、本題に入る。

昨日の夕刻、俺たちは墓参りで変な女に出会ったことを翡翠に報告し、今日は瑪瑙から連絡が来たのだ。

今回のように瑪瑙から真剣に忠告されるのは初めてのことで、俺も自然と背筋が伸びた。

瑪瑙と大将がパートナー関係である以上、瑪瑙から連絡が来ることは珍しいわけではない。特別部隊のやりとりも含め、ただの雑談でかけてくることもある。最近では大将からも息抜き程度に通話をすることもあるし、信頼し合っているのは傍らで見ていればわかる。


聞かれてはいけない内容ではなかったらしいが、審神者同士の真剣な会話の時、近侍は席を外すことになっている。うっかりでも審神者や政府の機密情報を刀剣男士に漏らさないようにするためだ。

故に俺は廊下で待機していたのだが、通信を終えた時の大将の表情からして、内容はそれなりに重かったようだ。

すぐにでも詳しい話を聞きたいところだったが、今日の仕事がまだ山のように残っていたため、互いにテキパキとやることを片付けて今に至る。


俺が問うと、大将は庭を眺める目を細めた。



『注意しろ……と。予想通り、あの女性の狙いは瑪瑙さん。私とシロも彼女の嫌いな人物像に当て嵌まるそうです』



昨日の夕刻、シロも連れて大将達の両親の墓参りに行った。その帰りに出会った謎の女に人捜しだと言われたその情報は、俺と大将の中では瑪瑙と一致した。

しかし、瑪瑙の知り合いだとしても、会わせて良い人物なのか。瑪瑙の居場所を簡単に教えて良いのか。あの女を信用できるだけの情報が無く、大将は『わからない』と答えた。

女と別れて横切った直後、女は大将を審神者だと見破り、姿を消した。俺と加州、大和守までいたのに、誰一人として女が術者であることに気付けなかった。



『翡翠さんに連絡したのは正解でした』



瑪瑙に直接連絡をすれば、女が何らかの術を使って瑪瑙の居場所を特定する可能性がある。大将は自分から瑪瑙への連絡は控えるべきだと判断し、特別部隊の一員であり瑪瑙の親友でもある翡翠に連絡をとった。

男、赤毛、右目を隠し、およそ十年前に中学生だった人物。

真名は伏せ、"ユウくん"という渾名で訊ねれば、翡翠の眉間に皺が寄り、大将の推測は残念ながら当たってしまったのだと理解した。


その後、翡翠から瑪瑙に情報が渡り、瑪瑙から大将へと忠告が来た。
恐ろしいくらいに情報の伝達が速い。鶴丸じゃないが、こいつは驚きだ。



シ『クロ〜、薬研く〜ん。麦茶持ってきたよ〜』



ペタペタという裸足の足音を響かせながらやってきたシロ。盆に三つの湯飲みを乗せ、カラコロという氷の音で少しだが涼しく感じられた。
汗を流して来たのだろう、風呂から上がったばかりなのか、肩に手拭いをかけて長い白髪から雫を滴らせている。



『ありがとう、シロ』


薬「悪いな。ありがとう」


シ『どういたしまして!
瑪瑙さんとの通信はどうだったの?』



もう一枚座布団を用意するとシロは大将を挟んだ反対隣に座り、その長い髪を丁寧に拭いていく。

大将は手渡された麦茶で口を潤し、少しの間を置いてから瑪瑙と話した内容を語った。



『思っていた通り、あの女性は瑪瑙さんのお知り合いの方。それも、私たちからすれば敵対すべき人間』


シ『ほぇぇ。じゃあ瑪瑙さんのこと教えなくて良かったんだね』


『うん。そして彼女が嫌いなのは"髪の長い女性"だと言っていました』


薬「髪?」


『はい。私達が襲われなかったのは運が良かっただけ。次に会ったら私とシロは間違いなく標的にされるでしょう』



少し待つようにと告げた大将は、自室から一通の封筒を持ち出して俺に手渡した。

中身は大きく"注意"と書かれた一枚の手紙。



『……先程、こんのすけから渡された注意換気の手紙です。ここ数日間で長髪の女審神者が数名、何者かに襲われて髪を切られていると』


シ『えっ!?』


薬「審神者が?」



神妙な面持ちで頷く大将。
襲われるのを想像したのか、シロは自分を抱くようにして身震いした。

審神者はそれなりの力を持ってなきゃなれない存在だ。襲われた審神者だって弱くはない筈。



薬「あの女がやってんのか?」



俺たちの目を欺いたあの女なら、女審神者たちを襲うことに成功してもおかしくはないが……。



『断言はできません。と言うのも、私達が彼女に出会っていた時間帯に襲われたという審神者もいるので……』


シ『ってことは、違う人が犯人?』


『わからない。違う人物だとしても繋がりが無いとは言えない』


薬「確かにな」



長髪嫌いの女と、長髪の女を襲う敵。
同一人物なのか否か。

どちらにせよ、この物騒な話を見過ごすわけにはいかねぇな。大将もシロも目をつけられちまってる上に、綺麗な長髪の持ち主だ。狙われないわけが無い。



『兎に角、シロはなるべく一人にならないように、必ず誰かと行動すること。本丸なら私の結界があるけれど、相手は私より強い術者である可能性も高い。結界が壊されないとは言えない』


シ『うん! 大和くんたちと一緒にいる!』


『それから薬研。貴方にしか頼めないお願いがあるのですが……』


薬「なんだ?」


 

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