『…………クニ』
山姥「なんだ?」
『今何時だ?』
山姥「七時だ。夜の」
『なんで!?』
山姥「寝てたからだろう?」
自分がしてたことも忘れたかと呆れ顔のクニを前に両手で頭を抱えた。
寝過ごした。寝過ごし過ぎた。あれからずっと眠り続けてたらしい。
スッキリした目覚めに気持ちよく伸びをしたのも束の間、暗すぎる室内でふと横を見れば何故か正座で待機していたクニ。いつもの白い布を被ってる上に月明かりでボゥッと薄気味悪く光ってるようにも見えるから一瞬誰だかわからなかった。
この暗さが夜の闇を意味しているということは、昼に誰も起こさなかったってわけだ。
俺、今日仕事してないよ?
ちょっと酷くない?
『長谷部は?あいつなら起こすだろ?』
今日は近侍だし長谷部が起こさないとか有り得ないと思うんだけど?
というかなんでクニがここに?
まさかずっといたのか?
山姥「長谷部は光忠に良いように言いくるめられて厨に立っている」
『は?長谷部が厨?』
なんで?
うちの長谷部は料理には全く手を出さない。主の俺が厨に立つことに最初こそ不満を漏らしていたが、これが俺の趣味だと知ると厨に立ち入らなくなったのだ。てっきり「手伝います!」とか言い出すかと思ったんだが意外だった。その後代わりってわけじゃないけど光忠が一緒に料理するようになったんだよな。
…で、今は長谷部が厨にいるんだよな。言いくるめられてって…何言われたんだ?
珍しいこともあるもんだと三角巾に割烹着姿の長谷部がおたま持ってるとこを想像していると、クニが立ち上がって襖を開けた。
山姥「行くぞ。そろそろ準備できてるだろうからな」
『準備?』
颯爽と出ていくクニ。遠ざかる足音が聞こえなくなると一つだけ思い当たった節に苦笑を漏らした。
『俺がやろうとしてたこと、とられたかな…』
寝過ごしたことは良かったのか悪かったのか。俺の想像がアタリなのかハズレなのか、確かめに行くとするかと俺も腰を上げて広間へと向かった。