雑談も交えつつ、本来聞くべきことも聞き終わると面会終了時間となり、俺たちは夏乃ちゃんの病室を出た。待機していたクニたちを連れて病院の外に出るまでの間、俺の中にある感情は正直に言って気持ちの良いものではなかった。
「主のお説教、廊下まで聞こえてたよ」
「お説教なんてできるんだね、瑠璃」
「うっさいわね! あたしにだってそれくらいできるわよ!」
ぷりぷり怒っているけれど膨らませた頬は少しだけ赤い。口を尖らせて歩いていく瑠璃の両隣では蛍丸と石切丸が苦笑していた。
……もしかして瑠璃も過去に何かあったのかな?
俺たちの視線を受けて機嫌は損ねているものの、瑠璃自身もあの場で説教することは本意ではなかったのか、自分の髪を弄りながら語り出す。
「……あたしもあるのよ、髪切られたこと」
「え? 主も?」
「養成所の時にね。生徒の大半は鈴城家を敬遠するような奴らばかりだったけど、当然面白く思ってない連中だっていた。そいつらにバッサリやられたわけ。…凄く怖かったし、悲しかった」
…ちょっと意外だ。瑠璃はそんなことされてもすぐ仕返ししそうなタイプだと思ってたのに。
「殴り返さなかったの?」
「殴らなかったわよ! 殴りたかったけど!!」
殴りたかったんだね……。
「養成所にはお父様もお母様もおにぃもいる。政府のど真ん中で…、あたし一人の行動で迷惑かけたくなかったのよ」
「え…。でも今の主はどこに行っても大暴れ…」
「審神者になればこっちのものでしょ?」
「えぇ……」
「主……」
瑠璃、それはちょっと…。親元離れれば何があっても自分の責任ってことなんだろうけど、限度ってものは必要だよ? 蛍丸も石切丸も毎度大変だね。
「あの時は髪をわし掴まれてさ、すっごく痛かった。「金持ちだからって調子に乗るな」とか散々言われたわ」
「大丈夫だったのかい? それ」
「うん。殴る寸前までいったけどね。あたしの代わりにクロがやってくれたから」
「は? クロちゃん?」
ここでクロちゃんが登場するの?
確かに瑠璃とは同期だって聞いてるけど、そういえば二人の出会いだとか養成所でのことは聞いたことが無かったな。
「クロが間に入ってくれてね」
「鎮まってください瑠璃様」
「なんであたしに言うのよ!? やられたのはあたしなのよ!?」
「わかっています。でも、貴女の手はこんな人間として最低な奴らに制裁を与える為のものではありません。こんなところでその手を汚してしまうのは勿体無いですよ」
「でも…っ」
「ですから、私が瑠璃様の代わりにお相手しましょう」
「へ?」
「そうですねぇ…。次の手合せで纏めてお相手致しますね。何人いても構いませんよ。私負けませんから」
「って、逆上した奴ら十人くらいと一斉に手合せしてさ。もう心臓に悪すぎるわよあの子! 勝ってたけど!」
「うわぁ…」
「さすがクロちゃん…」
聞いてた通りの負けず嫌いだね。しかも十人同時とか…。
でも彼女のことだから実際に戦うときの訓練とでも思ってたんだろうな。頼もしいけど男としては俺も負けてる気がする…。頑張ろう。
「その時にクロに言われたの。「やられたことを悔いる時間があるなら鍛練しろ。大事なものがあるなら守り通せるまで強くなれ」ってさ。この白いリボンで結ってくれたのよ」
当時を思い出しながらツインテールのリボンを弄る。はにかむように笑う瑠璃はとても嬉しそうだ。
瑠璃にしてはシンプルなリボンを着けていると思っていたけど、成る程ね。クロちゃんからのプレゼントだったわけだ。そりゃ毎日着けたくもなるよね。
「だから、今回の夏乃の件は気持ちもわかるし許せないの。
で、本題に戻るわよ。どうすんのよ瑪瑙」
話を戻そうと瑠璃が会話を切り替える。
道中、クニたちに聴取した内容を説明すると、彼らの顔つきも険しいものへと変化し、何も言葉を発することはなかった。
立ち話するにしてもここはまだ病院の敷地内だ。一先ず病院から少し離れた公園で休憩することになり、俺がベンチに腰かけると瑠璃がいつになく神妙な面持ちで俺を見下ろしてきた。
「敵はあんたの存在を知ってるし、あんたも敵のこと知ってんでしょ?」
そう聞いてくるということは、やっぱり俺のことは真黒先輩たちから聞いているってことか。それについては触れることはなく、彼女は言葉を続ける。
「最終的には夏乃も笑顔になってくれたけど、他人に髪を切られるのって結構キツイものよ。綺麗に保とうと気を遣っていたなら特にね」
「わかってるよ」
目を細めて落ち着いた声を発する瑠璃。
こんな顔をするのも珍しいな。
「主、夏乃さんに敵の外見とかも聞いたのかい?」
「聞いたわよ」
「特徴とかは?
瑪瑙の知ってる人の外見だったの?」
「知ってる奴なんでしょ瑪瑙?」
「……ああ、覚えのある特徴だ」
「外見は…、身長が155cmくらいだったかと…。私が150cmで、相手の方が少しだけ高かったので。髪が腰くらいまであって、茶髪でウェーブ掛かってました。
あとは……、そうだリボン! 髪をハーフアップにしてレースのついた大きいピンクのリボンで結んでました」
……まさかまだあのリボンを着けてるとはね。
「特徴を聞いた限りでは、夏乃ちゃんが出会した奴はクロちゃんが会った奴とは別だ」
「別……ということは……」
「……カノン」
光忠とクニはわかっただろう。
俺のこの右半分を奪った二人を知っているのは、クニたち初期メンバーだけだからな。
「クロちゃんが接触したのはカナデ。夏乃ちゃんを襲ったのはカノン。二人とも俺の義姉だ」
「えっ?」
「はあああっ!?」
「は?」
え?
石切丸はわかるけどなんで瑠璃までこの反応?
「知ってたんじゃなかったの? てっきり瑠璃は真黒先輩から聞いてるものとばかり」
「あんたの身内だとは聞いてたけど義姉!? あんた義理でも姉なんていたの!? そんな身近な人物だとは思ってなかったわよ!!」
「あれ、そうだったの?」
瑠璃は全部知ってると思ってた。まぁもう皆にも全部話すつもりだったから良いけどさ。
遠い親戚だとでも思ってたのか瑠璃は乱暴に頭を掻く。言いたい文句でもあったのだろうが、今は俺からの情報を聞くために我慢することにしたらしい。それを飲み込むように口を閉ざし、間を置いて深く息を吐き出した。
「……血は繋がってないってこと?」
「そ。赤の他人」
「お姉さんなのになんで瑪瑙が狙われてるの? 喧嘩して怒らせたとか?」
「はは。近いものはあるのかなぁ。でも、怒ってんのは俺の方だけどね」
「笑ってる場合じゃないでしょ主…」
「何したのよあんた」
何したって酷いなぁ、俺が悪いみたいじゃん。
……いや、それで良いのか。悪いのは俺か。
見上げた空は遠くに夕日を残し、藍色が侵食を果たそうとしている。飲み込まれそうな赤からはもう眩しさも感じられない。
「……とりあえず、俺の本丸戻ろうか。瑠璃たちもおいで。ここで話すような内容じゃないし、結構長話になるだろうから」
「はぁ…。わかった。クロと翡翠は呼ぶ?」
「翡翠は全部知ってる。クロちゃんには今度ちゃんと話すよ。今俺とクロちゃんが一緒にいるのは危ないから」
「そう。じゃ、行きましょ」
瑠璃を先頭に公園を出て政府の鳥居へと向かう。その間、俺の頭の中では溢れんばかりの忌々しい記憶が蘇っていた。
過去を語るなんて面倒なこと、仲間を巻き込むことなんて、できればしたくなかった。特に特別部隊は俺のお気に入りなんだから。
「どっから話そうかな〜」
「最初から全部に決まってるでしょ」
「はーい」
軽口を叩きながら脳内で情報を整理していく。生真面目な話なんて俺の性に合わない。クロちゃんほどではないけれど、俺の過去も普通とは掛け離れているからね。なるべく不快な気分にさせないように言葉を選ばないと…。
そんなことを考えながら歩いていたからだろう。
瑠璃、石切丸、蛍丸に続いて潜った鳥居の先には…
「久しぶり。ユウくん」
さがしていた…
一番出会いたくなかった女が待っていた。
『……やってくれんじゃん。カナデ』