パタンと扉が閉まり、一呼吸置いてから瑠璃が口を開く。



「さて、じゃあ自己紹介からしましょうか。あたしは瑠璃! こっちの男は瑪瑙」


「こんにちは。夏乃ちゃんって呼んで良いかな?」


「……はい」



良かった。先輩の時とは違い、ゆっくりだけど受け答えはしてくれそうだ。いきなり見知らぬ人間がお見舞いに来て緊張されるかと思っていたけれど、それは杞憂だったようだ。

瑠璃と顔を見合わせて一安心し、ベッドの横に用意されていた椅子に座る。



「真黒先輩も言ってたけど、怪我の具合はどう?」


「……痛くは…ないです…。でも…っか、加州くん…が…っ」



当時、夏乃ちゃんと行動していた近侍は加州清光だと聞いている。敵と応戦しながら彼女を連れて政府まで逃げ帰り、彼は今政府で手入れされているらしい。

彼の安否と襲われた時の恐怖を思い出してか、嗚咽を漏らしグスグスと鼻を啜る夏乃ちゃんの背中を瑠璃が擦る。



「大丈夫よ。あたし達が全部聞くから。怖かったこと全部吐き出しなさい。抱えてても苦しいだけよ」



…へぇ。瑠璃ってこういうのに向いてるんだ。
持ち前の明るさとストレートな口調で逆効果にならないかと心配してたんだけど。寧ろそういう芯のある部分が、今は頼もしく感じられる。先輩が「行けばわかる」と言っていた意味はこれか。

感心しながら夏乃ちゃんが落ち着くのを待っていると、震える唇が静かに言葉を紡ぎ出した。



「……、あの日。現世で両親に会って、その帰りだったの。歩いてたら突然、髪が後ろに引っ張られて…それで…っ」


「ゆっくりで良いわよ」


「……っか、髪っ、切られちゃって…! 背中まであったのにっ!」


「髪……」



今の夏乃ちゃんの髪は、既に揃えられたショートカット。背中までの長さだったなら今まで色んな髪型にアレンジしてきたのだろう。加州が近侍なら尚更だ。

サイドテーブルには傷がついた簪と千切れた結紐が置いてある。切られる前に着けていたものなのだろう。しかし、今の長さではそれらで飾りつけることはできない。



「き、綺麗だねって…、加州くんもっ皆も誉めてくれて…! ずっと伸ばして…綺麗なままでいようって…思っ…けほっ」


「ほらほら落ち着いて。ゆっくりで大丈夫だから」


「何が起こったのかわかんなかった…っ。頭が軽くなって…振り向いたら私の髪を掴んでる女の人がいて…。笑ってたの。すっごく楽しそうに…「ざまぁみろ」って…」


「…………」


「そこからは…あんまり覚えてない。いつの間にか時間遡行軍に囲まれてて…女の人はいなくて、加州くんが必死になって私を引っ張ってくれて…。政府に着いて、気づいた時には加州くん…っち、血だらけで…っ! 私っ審神者なのに何もっできな…く…て…!」


「……そっか」



夏乃ちゃんの瞳から止めどなくボロボロと溢れる涙。髪を切られた悲しみと、近侍が重傷に追いやられるまで何も出来なかった悔しさ。様々な感情が入り混じり苦しげに泣く彼女の気持ちは、審神者として俺と瑠璃にもよくわかる。

瑠璃は濡れるのも構わず夏乃ちゃんの頭を抱えるようにして抱き締めた。



「辛かったわよね。ありがとう、話してくれて」


「うぅっ」


「綺麗だって言われてた髪を…、他人に切られるのは辛いわね」


「それだけじゃ、ない! 私が髪のこと気にしてたからっ加州くんが傷つくのも気づいてあげられなくて! わ、私のせいで…加州くんが…! もう…私に審神者の資格なんて…っ」


「バカ言ってんじゃないの!!」


「いたっ」


「ちょっ、瑠璃…」



夏乃ちゃん軽傷だけど今デコピンしちゃダメでしょ。只でさえ君の力は強いんだから。
でもまさかデコピンされると思ってなかったからか夏乃ちゃんの涙は止まったようだ。潤んだ目を丸くして茫然と瑠璃を見つめ返す。



「審神者の資格が無いとか言うんじゃないの!」


「だ、だって…!」


「だってもヘチマもブロッコリーもない!」


「ぶ、ぶろっ…こり……?」



瑠璃、ブロッコリーってどこから出てきたの?

そんな言葉無いよ。



「あんたが"自分のせい"にしたら、あんたを守り抜いた加州は何なの? 何のために連れてたの? 主のあんたを守るのが加州の仕事だったのよ?」


「…っ、そう…だけど…」


「だったら、自分を責める前にまず加州に言うべきことがあるでしょう?」



口調は強いけど瑠璃の言うことは尤もだ。

夏乃ちゃんのように刀剣に重傷を負わせてしまった責任を感じるのもわかる。ましてや養成所に通っていた審神者なら一通りの護身術だって使えるハズなのに、彼女はただ守られていただけ。どうして何もできなかったのかと後悔の念でいっぱいだろう。

でも、だからと言ってここで立ち止まって良いわけではない。



「あたしたち審神者は刀剣男士と共に歴史を守るのが仕事。今回みたいに審神者が狙われるのなんてこれから先も沢山あるわ。一人の審神者がやられたら刀剣男士は何振共倒れすると思う? 狙われるに決まってるじゃない」


「…っ」


「それをわかってても刀剣男士は審神者と一緒に戦ってくれてるのよ? 毎日鍛練して、馬のお世話も畑仕事もやってくれて…。全部あたしたち人間と歴史を守るため。あんただってそれを全部知った上で審神者になったんでしょ?」


「…はい」


「刀剣男士の怪我は確かに審神者のせいよ。でもここであんたが弱気になってたら、あんたを信じてる刀剣たちはどうなるの?」


「…………」


「重傷にしてしまった責任を感じるならもっと強くなりなさい。守ってもらったんだから謝罪の前に感謝しなさい」


「……そう…ですね」



夏乃ちゃんの瞳から、ポロッとまた一粒の涙が溢れ落ちる。しかしその表情は先程と違ってとても穏やかだ。



「私、もっと強くなります。ちゃんと皆のこと考えて、何があっても動揺しないように…またやられちゃわないように」


「応援してるわ。頑張んなさい」


「はい!」



靄が晴れたような笑顔で返事をし、瑠璃と共に握手を交わす。説教していた瑠璃も言いたいことを言えてスッキリしたらしい。ほっと一息吐くと、その後は女の子特有の雑談に入ってしまった。


……俺、お邪魔かな?


 

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