彼女を意識し始めたのはいつからだっただろう。



「どーもぉ、フロイドでーす。よろしくねぇ、双子エビちゃん」



異世界から来た、オンボロ寮に住む監督生である双子の兄妹。兄のユウと、妹のユノ。ビクついた小柄な二人を、フロイドは海の生物に擬えて小エビくん、小エビちゃん、二人同時に双子エビちゃんと呼んだ。
フロイドは双子という共通点に初めこそ興味津々だった。特にユノ。陸に上がって二年目のフロイドにとって、陸の人間であり女性である彼女は、生物的な意味でも興味の対象だったのだ。

二人揃って腰まである黒髪に、黒曜石の瞳。女の子特有の体つきも、大きめの制服で隠しているからか目立たない。身体的に区別できるところを上げるなら、ユノの方が僅かに身長が低く、睫毛が長いくらいだろうか。間違えられることもあるのか、二人は長い髪を赤と青のリボンで結い、他人から判別しやすいようにしている。

そんな双子でも決定的に違うのは表情だった。ユウは誰に対しても愛想が良く、初対面の相手にも時間をかけずに交遊関係を築ける明るい男の子。対してユノは、どんな声を掛けようと「はい」か「いいえ」、時には首肯するだけで声すら出さない女の子。男子校に通う唯一の女子という立場だからか、彼女はそっと気配を消して、ユウや仲の良いトランプ兵たちの影に隠れて過ごしている。
マジフト大会の怪我人騒動でスパイごっこをしていた時も、アズールと契約させるために食堂で誘惑をかけに行った時も、ユノはいつ見ても気配を極限まで消し、一言二言喋っては黙り込む。ユノの口角が上がった表情は見たことが無く、何をする時もぼーっと宙を眺めている。ユウやエースたちが声をかけなければ、その存在すら無いように感じてしまう。NRCの紅一点だというのに、存在感が薄すぎる。

陸の女性はこんなにも静かな生き物なのか。追い回せばもっと面白い反応が来ると思ったのに。とんだ期待外れだと、フロイドは落胆した。



(つまんない子)



ユノへの第一印象はそれだけだった。



* * *



それがどうだろう。ユウたちがアトランティカ記念博物館から写真を盗んだところを、フロイドとジェイドで妨害するという簡単な任務。日没までの時間さえ稼げば、フロイドたちオクタヴィネルが勝利するはずだった。

しかし、海の中ではフロイドたち人魚が圧倒的有利な状況下だったにも関わらず、エースたちの頭のイソギンチャクが消えた。聞けばユウたちは契約書を破棄するために、あのトドのように怠惰なレオナ・キングスカラーと取り引きしたという。



「ユウがな、『オンボロ寮を取り戻すのに協力してくれるなら、明日部屋から大人しく出ていく。でも、協力してくれないなら、毎日部屋の前で三人で朝まで大騒ぎしてやる』って言ったんだ。んで、どんだけうるさくなるか三人で実演してやったんだゾ。お陰で、明け方まで大声で騒ぐことになっちまって、今日は寝不足なんだゾ」


「「うわぁ……」」



フロイドとジェイドは揃って呆れた溜め息を吐いた。そんなの取り引きではなく、ただの脅しだ。



「つーか、ユノ! お前がもうちょっと早く手伝ってくれてたら、オレ様たちがあんなに遅くまで大騒ぎする必要なかったんだゾ!」


「てか、ユノが大騒ぎするって想像できないんだけど……」


「何をしたんだ?」



腹を立てるグリムの様子に、エースとデュース、ジャックも不思議そうにユノを見やる。最終的にレオナを動かしたのは彼女のようだ。

ユノは集まる視線が嫌なのか、そっぽを向きながら静かに声を漏らす。彼女の口から水中にコポリと小さな気泡が浮かんでいった。



「……『ガラスに釘』って言った」


「え……、そんだけ!?」


「なるほどな。俺たちサバナクロー生は耳が良い。扉に隔たれた部屋の前でも騒音は耳に響くってのに、それが不快な音なら尚更キツイ」


「ガラスに釘……。人間でも普通にヤバイぞ……」


「オレ様、今聞いても想像しただけで鳥肌立つんだゾ!」



透明なガラス窓に鋭い釘を擦りつける場面を脳裏に浮かべ、各々が想像した不快な音に顔を引き吊らせて腕を擦る。

まさかそんな一言であのレオナを動かすとは。これはフロイドもジェイドも、恐らくアズールも予想だにしていなかっただろう。

イソギンチャクたちとユウの後をついて歩くだけのお荷物。ユノのことは完全に戦力外だと思っていたのに、彼女は影に潜んで確実に大手を打ち込んできた。とんだ番狂わせにフロイドの口角がニィッと上がる。
この瞬間に、フロイドの中でのユノは、つまんない子から面白い子へと昇格した。



その後は、オーバーブロットしたアズールを鎮めたり、写真を元の場所に戻すよう説得したりと色々あった。その間にユノが口を開くことは無く、アトランティカ記念博物館への遠足も、ユノはずっとユウと手を繋いだまま、無表情で一言も話さない。にも関わらず、エースたちはそんなユノにも声をかけてはわいわいと盛り上がる。

口数が少なすぎるし笑いもしないユノと一緒にいて、何が楽しいのか。否、きっと楽しいだろう。あの子は予想外な言動一つでアズールから勝利をもぎ取ったのだから。
フロイドは今日も無意識に彼女のことを目で追っていた。



* * *



「楽しそうな顔をしていますね、フロイド。ユノさんが気になるのですか」



休み時間にニコニコと窓の外を眺めていたフロイドに、ジェイドが確信を持った声音で言う。彼が見てそう思うのだから相当顔に出ているのだろうと、フロイドは楽しげな顔を隠しもせず振り返った。



「あはっ。オレ、小エビちゃんのこと気に入っちゃったみたい〜」


「それはそれは」



くすくすと面白そうに笑う片割れにフロイドもニンマリして、その笑顔を再び窓の外へやった。

遠足に行ってから今日で一週間。視線の先には、次の授業のためにジャージに着替えて校庭に集まるユノたちがいる。相変わらずの無表情だが、見ているだけで面白いと思うのはどうしてだろう。飽き性なフロイドのこの好奇心は、一体いつまで続くのか。それは本人さえもわからない。





(もう暫く楽しませてね〜、小エビちゃん)



「……ん?」

「どうした、ユノ?」

「なんか見られてた気が……」

「えぇ……、お前どんだけ察知能力高いの」

「周りが男子ばかりだからなぁ。自然に警戒しちゃうんだろ」

「それもそっか。ま、無警戒よりは良いけどさ」

「何かあればすぐに言えよ、ユノ」

「ん」


 


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