ユウとユノがツイステッドワンダーランドに飛ばされて、早数ヶ月。季節は秋から冬に移り変わり、窓の外では木枯らしに吹かれた落ち葉がヒラヒラと舞っている。
午前の授業を終えて教材を片付けたユノは、ユウ、エース、デュース、グリムという、いつものメンバーで食堂に向かう。寒さでかじかんだ手を擦りながら、早く温かい食事にありつこうと食堂の扉を開けば、中は既に空腹の生徒たちで溢れていた。
「ふな……、今日も凄い人混みなんだゾ」
「あはは、考えることはみんな同じだね」
入学したての頃は、購買で昼食を買って教室で食べる者もいれば、ポムフィオーレ生なんかは自作のヘルシー弁当を作って持ってくる者もいたのだが、冬にもなると熱気の籠もった食堂の恩恵を受けようと駆け込んでくる生徒により混み具合が半端ない。自分たちもその内の一人なので文句は言えないけれど。
「今日の席取りはエースとユノだったな。頼んだ」
「オッケー。じゃ、行きますか」
「ん」
いつも通り、食事係りと席取り係りに分かれて移動する。ユノとエースは食べたい物をユウとデュースに告げ、空いている席を探した。本来なら手分けして探すべきなのだろうが、これは女の子のユノが校内で一人にならないために彼らが決めた防衛手段だった。
ツイステッドワンダーランドでは、基本的に女の子は大事に大切に扱われる存在だ。陸だろうが海だろうが関係なく、どんな身分の女の子だろうとお姫様のように守ってあげる。それがこの世界の男の務めというものだと幼少期に散々教え込まれるのだ。
だが、中には当然邪な思考を持つ輩もいるわけで、NRC生も例外ではない。故にユノはユウの他に、入学から縁あってエースとデュースにも何かと気にかけてもらっていた。ユノの中には彼らに対する申し訳なさも勿論あるが、いざ一人で行動しても自分の身を守る術は一つも無いことを自覚している。だからこそ彼女は学園に通うにあたって学園長と交わした約束、“女子生徒として目立つ行動をしないこと”、“男子生徒を刺激しないこと”を常に守りながら生活しているのだ。
「空いてる席……、空いてる席……。お、あった。ラッキー」
ざわめく生徒たちの間を縫って辿り着いた席は、運良くたった今食べ終わった生徒が立ち去っていくところだった。
五人分の席を確保して座り、ユノはエースと共に食事係りを眺めながら待つ。
「まーたグリムがユウに何かちょっかいかけてんなぁ。こっちは腹ペコなんだから早くしろっつーの」
肘をついて文句を垂れるエースの視線を追って、ユウを観察する。ユウは男にしては細身で、グリムや他の生徒にもよく女みたいだとからかわれる。隣にユノが並ぶから余計に姉妹と思われることも多かった。
グリムが「ちゃんと食べるんだゾ」などと言いながら、ユウが持つお皿をてんこ盛りにしていく。
「流石にあの量は食えなくね?」
「絶対残す」
「あはっ、久しぶりに小エビちゃんの声聞いたぁ」
「……!?」
ビクリと肩を跳ねさせ、声が聞こえた方へ振り返る。そこには瓜二つの顔。オクタヴィネルのジェイドとフロイドが、それぞれ食事のトレーを持って立っていた。
「ビックリしたぁ! フロイド先輩! 急に話し掛けないでくださいよ!」
「あははっ! 小エビちゃんに声掛けたのにカニちゃんまで驚くことないじゃん」
「それはそうッスけど……!」
「驚かせてすみません。僕とフロイドでお隣の席、宜しいでしょうか」
ジェイドが示すのは、ユノたちが座る五人分の席の更に隣。つい先ほどまで誰かがいたそこは、いつの間にか空席になっている。
断る理由は無く、変に断れば文字通り絞められるのはイソギンチャク事件のこともあってわかっている。ユノはエースと顔を見合せてから一つ頷いた。
「お待たせ〜……って、あれ? ジェイド先輩とフロイド先輩」
「ふな゛っ!? エース! ユノ! なんでこいつらの隣なんだ!?」
「なぁにぃ、アザラシちゃん。絞められたいの?」
「ヒィッ! な、なんでもないんだゾ!」
フロイドの恐ろしい笑みで静かになったグリムは、目に見えて二人を避けるように一番端の席に移動した。エースとデュースもイソギンチャクの時の記憶が蘇ってか、引き吊った愛想笑いを浮かべてグリムのように端っこへ。必然的に、ユウの隣にデュースとジェイド、ユノの隣にエースとフロイドが座る形になった。
ユノとエースはユウたちが持ってきた昼食を受け取り、いつもより奇妙な空間での食事が始まる。
人数は二人も増えたのに、会話はそこまで弾まない。恐怖で緊張した空気と、ゆる〜く談笑する空気に挟まれ、ユノと目が合ったユウは苦笑した。
「そうそう、小エビちゃん。オレ、小エビちゃんに聞きたいことあるんだよねぇ」
半分ほど食べ終わった頃、ふいにフロイドから話を振られる。ユノはもそもそと咀嚼していたオムライスを飲み込んで隣を見上げた。
(……なぜ、私に?)
フロイドとの接点は、イソギンチャク事件以来、一度も無い。いつも誰かとの会話はユウに任せ、ユノは後ろで静かに見守っているだけ。ただでさえ男子校に女子が紛れることでも目立つのだから、発言も行動も控えた方が良い。学園長にもそう言われていたし、彼女自身も防衛本能が働いて、なるべく存在感が出ないように息を潜めて過ごしていた。
なのに、なぜそんなユノにフロイドが興味を持つのか。絡まれる理由が見当たらない。彼女のみならず、ユウもエーデュースも疑問だった。
「……なんでしょう?」
静かに、冷静に、隣に座るフロイドに目を細める。すると、頭一つ高い位置にあるオッドアイはゆるりと弧を描き、真っ直ぐにユノを見つめた。
「小エビちゃんのぉ、好きな食べ物ってなぁに?」
「は……?」
何を聞かれるのかと内心身構えていたユノだったが、フロイドの質問は単純でいて予想の斜め上のものだった。てっきり悪態でも吐かれるのかと思っていたのだ。
様子を見守ってくれているイツメンも食事の手が止まる。
「だからさぁ。ご飯でもお菓子でも、小エビちゃんの好きな食べ物ってなぁに?」
聞き返してしまったからか、フロイドは再び質問してくる。
フロイドは物凄く浮き沈みの激しい性格だ。機嫌の良い時はユニーク魔法も調子良く発動させ、機嫌が悪いと無鉄砲に弾き返す。興味のあることには夢中になるけれど、ふとした瞬間に無関心になる。つい最近バスケ部でフロイドとチームを組んだエースが、あの先輩はかなりの気分屋だと溢していたのを、ユノは記憶していた。
質問を繰り返してくれた今は、機嫌が良いととって良いのだろうか。そう考えたユノは、質問の内容を頭の中で反芻してゆっくりと言葉を溢す。
「……ご飯ならオムライス。お菓子ならチョコレートです」
正直に回答すると、気を良くしたフロイドはにっこりと微笑んだ。
「ふぅん、そっかぁ。今日もふわとろオムライスだねぇ。オムライスは卵とろとろが好きなの?」
「……とろとろでも、薄焼き卵に包まれてても、どっちでも好きです」
「へぇ。じゃあ嫌いな食べ物は?」
「……嫌いというか……、乳製品は苦手です」
「え、そうだったの?」
一緒になって聞いていたエースに問われ、こくんと頷く。
好き嫌いはマブたちにも教えていない。聞かれることもなく、自発的に教える必要も無いと判断し、彼女個人のことは何も話していなかった。
この学園で彼女のことを全て知っているのは、片割れのユウだけだ。
端的にしか答えないユノに代わり、ユウが補助するように説明する。
「ユノは牛乳好きじゃないからね。牛乳、生クリーム……、あとヨーグルトとかチーズ使った料理は殆んどダメ」
「あれ? でもこの前、グリムが取ってきたピザ食べてなかったか?」
「食べ物を粗末にしたくないから食べただけ。自分からは取らない」
「ふな!? それはオレ様も初耳なんだゾ!」
「言ってないもの」
食べたくないが、食べられないわけではない。美味しくなくとも折角取ってきてくれた食べ物なのだから、残したら勿体無い。それに、作ってくれた人にも、持ってきてくれたグリムにも失礼だ。
そう思ったユノは何も言わずに食べていたのだが、どうやら好き嫌いは告げた方が良かったらしい。
スパゲティのソースで口周りを赤く汚したグリムが、仁王立ちしてユノに怒った。
「ユノ! そういうことは先に言え!」
「今言った」
「遅い!!」
「あっははは! 小エビちゃん面白すぎんだけど!」
「ふふ。フロイドが興味を持った意味がわかった気がします」
今の話に笑える要素があっただろうか。隣で笑うウツボ兄弟に首を傾げると、ジェイドは「こっちの話です」と言って誤魔化す。
一頻り笑った二人は、既に空になった食器を持って立ち上がった。
「では、僕らはこれで失礼します」
「またねぇ、小エビちゃん。教えてくれてありがとねぇ」
「はあ。また……」
満足したらしいフロイドは、お礼だと言ってユノにグレープ味の棒つきキャンディーを置いて去っていった。
小さくデフォルメされたウツボ型のそれは大変可愛らしい。だが、『またね』と言われたのが引っ掛かる。つまり今後もまたこうして食事を共にするということだろうか。
残されたイツメンは渋い顔を付き合わせた。
「……ユノ、お前フロイド先輩に何かしたの?」
「学園でほぼ喋らないのに何かすると思う?」
「いや、思わない」
「お前、一番厄介なのに目をつけられちまったんだゾ」
「まあまあ。それより、俺たちも早く食べて教室戻ろう」
時計を見れば、昼休みはあと十分しかない。
ユウに促されてユノは急いで残りのオムライスを平らげると、貰ったキャンディーを持って教室に戻った。
「小エビちゃん、キャンディー食べてくれるかなぁ」
「受け取ってくれたのですから、大丈夫じゃないですか?」
「ん〜、でも食べ物粗末にしたくないからって気もするし。次はチョコレートにしよぉ」
「ふふ。そうですね」
「あ、美味しい……」