『…………』
薬「こりゃまた…すげぇな…」
乱「ぅわあ…ジメジメしてる…」
今「ぼろぼろですね…」
小夜「…………」
例の黒本丸に降り立ち、各々が抱いた感想は違えど彼らの表情は同じだった。自分たちがいた嘗ての本丸を思い出してもいるのだろうが、それより酷い印象を受ける。
夜ということもあって暗いのは仕方ないことだけれど、それでも暗闇に佇むこの本丸はお化け屋敷をレベルアップさせた廃墟だ。
雨は降っていないのにジットリと纏わりつく生暖かい空気。風も無いのにギギギ…と軋む板の音。動物は愚か虫一匹すら鳴いていない、墓場のような環境に瑪瑙さんチームも眉を潜めた。
瑪「…これは…聞いてた以上に危ないね」
『そうですね…。心して行かないと』
というかここ刀剣たち残ってるんだろうか?建物自体もう倒壊寸前といったところなんだけど。
瑪「とりあえず、まだ中には行かないで外回りを調べよう。俺たちは本丸の裏側を探ってみるから、クロちゃんは表の庭を中心にお願い。何かあったらすぐに携帯鏡で連絡して」
『了解しました』
瑪瑙さんチームが移動し、私たちは言われた通りに庭を見て回った。
本丸の作りはどこも同じ。桜の木や池、橋も畑も厩も同じ場所に配置されている。審神者によって使い方の差があるため若干違うところも見られるのだが、黒本丸はそれが特に顕著だ。
薬「橋、腐ってぶっ壊れてるな」
『池の水も腐ってますね…』
今「くさいです…」
渇れてはいなくともこの腐り方は異状だ。錦鯉も腹を見せて浮いているし、溶けかけて骨も見えている。
そして今剣が言ったように臭い。とてつもなく酷い腐敗臭が鼻に刺激を与えてくる。
『まぁ、臭いのは我慢するとして。橋が壊れてる上に池もこれだけ水が溜まってるのは厳しいですね。向こう側に行きたいのですが…』
私の本丸にもある、大きな桜の木。あの木は池に囲まれた孤島のようになっていて、橋を渡らなければ行けないのだ。
少し周囲の気配を探ってみたけれど、やはりあの木が本丸の中心として機能していたらしい。情報収集にはもってこいなのだけど…。
小夜「…どうするの?」
『んー…、しょうがないです。薬研と今剣、刀に戻ってください』
今「?わかりました」
薬「俺もか?」
『はい』
二人から本体を受け取り、彼らが人型を解くと少しだけそれは重くなる。
ただ振るうだけなら本体だけ借りれば良いけれど、本来の斬れ味や鋭利さは彼ら付喪神が宿っていなければ活かされない。
自分たちで戦う時は当然自分の力だから関係ないのだろうけど、私が彼らの力を発揮させるには憑いてもらわないと出来ないのだ。
『乱と小夜はちょっと待っていてもらえますか?』
乱「何するの?」
『跳び越えます』
小夜「え…?」
薬《は?》
行けないことも無いだろう。
今剣を懐に仕舞って薬研藤四郎を片手に握り、呆ける乱たちと池から少し離れる。軽く足首を回して筋肉を解し、一気に助走をつけて思いっきり地面を蹴った。
結果、無事に着地しました。ぬかるんだ地面に。
思った以上にべちょべちょでした。予想外です。
『到着です。戻って良いですよ』
薬「〜っ何やってんだあんたは!?」
今「あるじさますごいです!!」
『こうでもしないと調査出来ないじゃないですか』
薬「そうだが失敗したらどうするつもりだ!?」
『私が臭い水に濡れるだけですよ。薬研も今剣も落とす前に乱たちに投げ渡すつもりでした』
薬「あのなぁ…っ」
乱「まぁまぁ良いじゃん、薬研。無事だったんだし」
池の向こうから乱に宥められ、薬研はまだ何か言いたそうだったけど溜め息を吐いて頭を抱えた。
しょうがないじゃないですか。
本当は私一人でも良かったけれど、上手く跳び越えても何も無いとは言い切れない。だから今剣と近侍の薬研を一緒に持ってきた。
今の状況では最善の策でしょう。