真黒さんと握手を交わした一年後。
十六歳の私は審神者見習いの中でドベからトップクラスまで上り詰めた。周囲は「ドベだったくせに…」とか「政府に身体でも売ったんだろう」とか人聞きの悪い噂を立てたりしていたけれど、気にしたら負けだ。スルーだスルー。
瑠「クロ!」
『…瑠璃様』
瑠「もう、″様″はやめてって言ってるでしょ!」
『…………………………………瑠璃』
瑠「遅い!!」
周囲の目を物ともせず私に声を掛けてくる綺麗な黒髪ツインテールの女の子、瑠璃(偽名)。
因みに″クロ″というのは私の偽名だ。
元々、家族からもそう呼ばれていたから、すぐに耳に馴染んだ。
瑠璃は養成所を設立した政府トップ、鈴城家のお嬢様で、誰もが頭を下げ敬わなければいけない存在だ。
容姿端麗で背も高くてスラッとしてて…。それに対し、私は幼少期にあまり栄養の摂れる物を食べていなかったからか背は低いし顔も可愛いわけでは無い。
同い年なのに私と瑠璃は正反対だ。
私たちはもともと話すような間柄ではなかった。なのに、私が養成所のテストでトップになると、今までトップだった瑠璃は二位に下がり、彼女の両親は私を養女として迎え入れた。理由は簡単、私が変な気を起こさないかという監視…私を恐れてのことだ。
私の霊力は育ててきた審神者の中でも特に莫大らしく、制御の為にとつけられた霊力制圧チョーカーは政府の人間でないと外せない。それでも抑えきれていないのだから恐がるのも当然だろう。更に頭脳まで娘を上回られたとなれば、謀反なんて起こされたら堪ったもんじゃないんだろうし。
まぁ向こうはある意味、妹のことを人質として押さえているのだから、私はそんなことする気は毛頭無いのだけど。
そんなこんなで、生まれは瑠璃の方が早い為、私は彼女の義妹となったわけなのだが。成績が私より下がったことで妬まれているのかと思えば寧ろ真逆で、瑠璃は私を見かける度にしつこく構ってくる。
彼女に好印象を与えたことは無いと思うのだけど。
瑠「あたし、明日から審神者として働くことになったんだ」
『そうですか』
瑠「敬語もやめるの!」
『………わかった』
瑠「うん!」
何故これくらいのことでそうも嬉しそうな顔が出来るのだろう?周りに人がいないから良いものの、見られたらアウトなのだけど。
瑠「それでね、コレ」
『?』
二つ折りにされた紙を渡された。開いてみると、暗号のような文字が書かれている。
『…鏡番号?』
瑠「そ!あたしの鏡番号」
鏡番号とは審神者同士のやりとりに使われる番号だ。現代で言う電話番号と同じで、霊力を込めながら指で鏡にこの番号を書くことで相手と会話することが出来る。審神者専用のテレビ電話みたいなものだ。
瑠「一足先に審神者になるからさ。クロが審神者になった時には連絡ちょうだい!遊びに行く!」
『いや、仕事するから遊びには来ないでほしいかも』
瑠「ひっどーい!」
プンスカ言いながらポカポカと叩いてくる。痛い。
…でも、瑠璃なりに心配してくれたのだろう。瑠璃の両親が私をどんな目で見ているのか…。これでも勘は鋭い子だから知らないわけでは無さそうだし。
『…ありがと』
瑠「!うんっ!!」
そうして、瑠璃が審神者になった二年後。十八歳になった私の元に漸く政府から手紙が来たと言うわけだ。
瑠璃がいなくなってから彼女の両親の当たりがキツイキツイ。やっと解放されると思えば黒本丸とか勘弁してほしい。
そう思ったけれど、傷ついた彼らを見てその思いは無くなってしまった。
同情が無いと言えば嘘になる。昔の私と重なって見えてしまったのも本当のことだ。
だからこそ、彼らの痛みは理解できるし、ここに飛ばされたのが私で良かったとも思えた。
彼らを更正させるのは時間が掛かるだろうけれど…
『……負けない』
絶対に。
審神者証に挟んである一枚の写真。そこに写る瓜二つの幼い子を撫で、今日も頑張ろうと布団から起き上がった。