鶴「俺たちはあの子を主と認める」



広間へ戻った鶴丸と薬研がそう宣言すると、動揺の声が上がった。



一「…薬研、お前もなのか?」


薬「ああ。俺っちもあの人を大将と呼ぶことに決めた」



薬研の兄弟である一期一振を始めとする粟田口の刀剣たちも、同じく動揺する。前任のせいで審神者を恐れていたのは鶴丸も薬研もそうだったというのに、彼らはその過去を乗り越え、新たな主として彼女を認めた。

鶴丸は墓から掘り起こされたり盗まれたりと人間の醜い心を知っているが故に警戒心が強いし、薬研も粟田口兄弟の中でも観察眼が鋭い。
この二人が認めたということは、本当に今回の審神者は良い人間なのだろうと思う。思うのだが…



和「良いように、たぶらかされてるんじゃないのか?」



皆の気持ちを代弁するかのように和泉守兼定が呟く。

前任から受けた傷は深い。一日二日で一人の人間を信用できるほど、彼らの心に強さは無かった。



三「……鶴、薬研」


鶴「なんだ、三日月」


三「お主たちがあの娘を信じるに至ったその訳を聞かせてはくれぬか?」



三日月宗近は穏やかに微笑みながら、しかし真剣に二人に問いかける。天下五剣の一つにして最も美しい刀。故に前任の女審神者は、三日月を手にしたその日から、とことん歪んだ愛情を注いできた。毎晩夜伽を命じられていたのは他でもない三日月で、女に敏感になっているのはここにいる刀剣誰もがわかっていた。

そして、同じように女を警戒していた鶴丸が彼女に心を開いた。つまり、鶴丸が信頼するに至った経緯を知ることで、彼女が刀剣男士を手玉にとろうとする人間なのか、はたまた待ち望んでいた理想の審神者なのかがわかるのだ。

その意図を悟った鶴丸は三日月の隣に腰を下ろすと、これまでに見られなかった満面の笑みで語りだした。



鶴「俺も最初は勿論警戒していたさ。何がなんでも追い出してやろうと思った。でもあの子、すっげぇ綺麗で真っ直ぐな目をしてたんだ」


三「目?」


鶴「ああ。政府の命令もあるが、目の前で苦しんでる俺たちを放ってはおけないって」


和「…ハ、そんな綺麗事、真に受けたってのかよ」


鶴「俺もそう思った。けど、政府にも怒りが湧いたって言って何のことだと思った時…」





『…上等。壊れてやるものか』






鶴「ここで頭を下げてた時の彼女から一変…、強い光の籠った眼差しでそう言葉にしていた。あれはそうだな…、強敵を目の前にしても尚、果敢に挑もうとする…負けを知らない黒猫ってとこか」


三「ほぅ、黒猫?」


薬「鶴丸の旦那…、そりゃ大将は黒猫みたいな印象だが、それだと強いんだか弱いんだかわからなくないか?」



興味が湧いたのか目を瞬かせる三日月に対し、例えがおかしいと薬研は苦笑した。
すると三日月は薬研へと視線を移す。



三「薬研、お前はどう思ったのだ?」


薬「そうだな…。俺っちはさっき大将と一緒に出陣したんだが」


一「出陣!?まさか無理矢理連れて…っ」


薬「落ち着いてくれやいち兄。大将は本当は単騎出陣するつもりだったんだ」


一「は…?」


三「なんと…?」



ぽかりと呆ける一同に、薬研と鶴丸はその時の様子を思い出しながらクツクツと笑う。



鶴「どっから持ってきたんだか大太刀を担いで鳥居で函館に設定してるのを見て、まさかと思って声をかけたらその″まさか″だったから驚きだ。
その時には俺もあの子に興味が沸いてたから止めようかと思ったんだが、そう言う間もなく鳥居に飛び込んでいったから焦ったぜ」


薬「俺っちはあの人が旦那とやりとりしてるのを見てたから、どれくらいの実力があるのかも見たくなってついていったんだ。まぁ、それ以前に女が単騎出陣するのもどうかと思ったってのもあるが…。
どう見ても戦ったことなんて無さそうなあの人に、俺っちは「戦場は命を落とすこともあるんだ」と言った。そしたら…」





『戦うことは生きることだと思うのです』

『私は生きる。どんなに危険でも…傷ついても…負けるのだけは嫌だから 』

『私は守るべきものの為に命を燃やします』





薬「そう、迷いの無い瞳で言ったんだ」



今でもその時の彼女の声が頭に反響している。こんなにも強い光を宿す人間がいたのかと…。この人間ならば自分を大事にしてくれるのではと希望を託してしまう程に、薬研の心は彼女の言葉で埋め尽くされていた。



三「……″戦うことは生きること″…か……」



そう呟きながら、三日月は立ち上がって障子を開けた。桜の花弁が舞っている、緑と桜色の美しい風景。これを取り戻してくれたのは紛れもなく昨日挨拶に来たあの審神者で、結界を張った審神者の心次第でこの景色も変わるということを三日月は知っていた。

故に、信頼に値する人間だということは疾うに理解しているのだ。ただ、やはり前任の被害からその一歩を踏み出せないでいるだけで。



三「…刀としての本分を教えられたようだな」


鶴「まったくだな。本当に驚かされる主だぜ、あの子」


三「そうか。…して、その審神者が前任の部屋の前で何やらその大太刀を構えておるのだが?」


鶴「へっ?」


薬「は?」



ほれ、と言われて三日月の示した先を二人揃って見ると、昨日彼女が咳で苦しんでいた場所で、彼女本人が今にもこの部屋をぶっ壊します的な感じで身の丈ほどの刀を振り上げているのが見えた。



薬「ま…待てや大将ぉおおおおおおおッッ!!!!」


鶴「何やってんだあの子はぁああああ!!!?」



バタバタと揃って広間を出ていくのを残っている者達は呆けたまま見送った。

まだ警戒している者や、今の話を聞いて心が揺れ動く者など、各々が違った感情を抱く中、三日月はたった今鶴丸と薬研に取り押さえられた娘へと視線をやる。



三「やれ、あやつらがここまで心を許せる娘とはな…」



このじじいも少しだけ羨ましくなってしまったぞ。そう胸の内で呟き、三日月は自身の本体を撫でた。

人間への信頼が薄れても、やはり自分たちは刀…扱ってもらう為に生まれたのだ。生み出してくれたのは人間で、扱うのもまた人間。その人間の意思によっては刀解…、最悪の時は破壊されることもある。なんと皮肉なことかと苦笑した。

今度あの娘に会ったら話してみようか。
過去と決別する覚悟を胸に誓って。



 

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