繰り返される攻防。しかし攻撃は長谷部だけ、防御は主だけという偏った戦いで、結局のところ何がしたいのか。ただ観ているだけではわからない。
攻撃している本人も、彼女が防御に徹する意味が未だにわかっておらず、だんだんと苛立ちが見えてきた。
長「くっ…真面目に手合せ願いたい!」
『やっていますよ、真面目に』
長「どこがですかッ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴る長谷部に五虎退や前田は怯えたように一期一振にすがり付く。それ程までに、彼は般若のような表情をしていて怖いのだ。
だというのにそれを目の前にした主はというと、全く動じていないどころかさわさわと吹く風に揺れる髪を撫でている。究極のマイペース三日月宗近を思わせるそれは、長谷部の怒りメーターをどんどん上げていった。
鶴「うわ…。長谷部の奴真っ赤だぜ?そのうち血管切れるんじゃねぇか?」
三「はっはっは。主とは気が合いそうだな」
加「笑ってる場合?主、大丈夫かな?」
大和「まぁ、見た感じはすごい余裕っぽいよね」
和「なんっか癪に障る戦い方だよな」
堀「兼さん、どっちの味方してるの?」
刀剣たちがそれぞれ感想を抱く中、また避けられて肩で息をする長谷部に彼女は目を細めて口を開いた。
『…貴方の敵は貴方自身です』
長「っ、は?」
『前任への忠誠心を残したまま、私に仕えることは出来ないとお考えでしょう?』
長「!!」
へし切長谷部とはそういう刀だ。
前任が酷い人間だろうと主は主。己が刀であるが故に最後まで付き従うことを誓い、どんなに嫌な主命を与えられようと苦にも思わずやってのける。真っ直ぐで忠実な性格をしていた。
そんな彼の性格が、今は彼自身を苦しめている。
前任が解雇されても尚、彼は前任をずっと待ち続けていた。そこへやってきた新たな審神者。初めこそ追い出そうと思っていたというのに、彼女の霊力に触れたことで彼女に仕えたいと思ってしまった。
しかし、己が忠誠を誓ったのは前任。前任を待つのが己の役目。周りが次々に彼女を認めていく中どうしても考えを改めることが出来ず、内なる葛藤の末に彼女に手合せを頼んでいた。
長谷部自身にもわからなかった彼の行動を、彼女は理解した上で受けていたのだ。
…″手合せ″と言うには少し違う気もするが。
乱「主さん…最初からわかってたんだ…」
五「す、すごいです…」
一「聡明なお方ですな、主は」
前「しかし、このままでは埒が明かないのでは…?」
前田の言う通り、今の状態を続けていても結果は表れない。どちらか一方が疲れて膝をつかない限り終わらないのでは?
長谷部の葛藤は理解したものの、これはどうすべきなのか刀剣の自分たちにもわからなかった。
薬「たーいしょ」
刀剣たちが別の心配を始める中、相も変わらず薬研は主に間延びした声をかけた。
『なんですか?』
その呼び掛けに対し、彼女は視線こそ長谷部から逸らさないものの、ちゃんと聞こえていたようで反応を示す。
薬「旦那の敵は旦那自身なんだろ?なら大将はなんで手合せ受けたんだ?」
長谷部自身の問題だったのだから、わざわざ彼女が受ける必要の無かった手合せだ。それなら彼女が受けた理由とは?
問いかけてはいるが、薬研自身はその答えがわかっているようで口許がにやけている。意地の悪そうな、楽しそうな憎めない笑顔だ。
『持ち掛けられた勝負は受けます』
薬「でもこのまま防御してたって勝てねぇぞ?」
『勝つつもりはありませんよ』
長「は…?」
薬研以外、長谷部を含む刀剣男士がぽっかりと口を開けて呆ける。勝つつもりが無いということはどういうことだ?自ら勝負を受けたというのに…。
『勝ちには拘りません。負けなければ良いんです』
″負けない″というのは彼女の口癖らしい。初陣の時も言っていたのを薬研は鮮明に覚えている。
あの時と同じ強い光を宿すその瞳を見れば、彼女が人間であろうと女人であろうと″負ける″という言葉は思いつかないし似合わない。負けず嫌いな彼女の瞳を薬研は気に入っていた。
それはさて置き、彼女は防御に徹するだけで長谷部が勝手に弱るのを待っていると言いたいらしい。負けなければ勝手に己が勝つのだからと。
ひくり、と長谷部の口許が歪む。
しかしそれではいつまでこの手合せが続くのやら。
鶴「一度くらい攻撃したって良いと思うが?」
『駄目ですよ』
鶴「??何故だい?」
そこまでして何故攻撃に移らないのか、残る疑問はそれだけだ。
その答えは長谷部にとってとても屈辱的な一言であり、何故問いかけてしまったのだと、言わなければ良かったと鶴丸は後悔することとなる。
『攻撃したら終わってしまうじゃないですか』
「「「「「…………」」」」」
攻撃したら…
終わってしまう……?
彼女が攻撃したら勝敗がつく?
二人がやっているのは″一本″勝負。
つまり……
長「…………ふ…」
彼女は長谷部より強い自信があると?
ブチィッッ!!!
長「ふざけるなぁあああああ!!!!」
本丸のボロボロの壁がガタガタと揺れる音がしたのを、小狐丸と鳴狐のお供の狐は聞いたと後に語る。
怒り狂った般若もとい長谷部は、その後もひらひらと舞う蝶のような主に翻弄され、目を回して倒れるまで彼女に踊らされることになったのだった。
薬「あーあ。長谷部の旦那が倒れるなんて余程だぜ?」
『すみません。こうでもしなければ彼は過去を断ち切れないでしょう?』
燭「!じゃあ長谷部くんへの挑発はわざと!?」
『いえ、半分本気です』
燭「え…」
『久々に楽しかったのでつい…。終わらせるのが勿体なかったもので』
薬「まったく。煽るのは良いが、自分が怪我しない程度にしてくれよ大将?」
『善処します』
燭「…………」