大将に貰ったお守りを手に、俺は縁側に腰かけて星を眺めていた。
少しと言えど大将の過去を知ったからだろうか?どうにも考える頭が休んでくれず、布団に入っても眠りにつけなかった。



薬「……大将…」



審神者登録名を″クロ″。妹の渾名は″シロ″。
その他、政府でも位の高い″鈴城家″と、″真黒″という義兄と″瑠璃″という同い年の義姉。

手入れ後にこんのすけと大将の会話の中で聞いた名と、″義兄″と″義姉″という単語に違和感を感じた理由が、先程の話でわかった。
「守るべきものの為に命を燃やす」と言っていた、守るべき対象がシロのことだということも。


審神者養成所という場所で教育を受け、その間に妹のシロは政府で保護という名の人質にとられ、大将は霊力の高さ故に危険視されてチョーカーという首輪を付けられ、監視の為に養子入り…



薬「(俺たちより酷ぇ過去背負ってんじゃねぇか…)」



いや、過去どころか今も続いている。

未だにシロは政府の医療機関にいるんだから、大将は政府に歯向かうことは出来ない。下手に刺激したらただでさえ身体が弱いシロに何をされるか…、考えただけでも恐ろしい。
本当なら毎日だって見舞いに行きたいだろうに、人質である以上、月に一度と定められているのを律儀にも守る他無い。

瑠璃って義姉も成績優秀らしいし、そんな家の養子にされたんじゃ「名に泥を塗るな」と相当睨まれて来たに違いない。

どんな生活送ってきたんだか…、嘘でも良い育ちをしたとは言えないだろう。

だというのに瞳にあんな強い光を宿せるんだから、大将は本当に心の強い人だ。



手入れで疲労を感じていなかった理由も同時に知ることが出来た。
霊力計測器とやらでも計れなかった大将のでかい霊力。そりゃ一斉手入れしても疲れねぇ筈だ。

寧ろ手入れで霊力を使ったことで、いくらか身体が軽くなったんじゃねぇか?
大将の場合、疲労を感じたとしても無表情で通しそうなもんだが、出陣した時のことや長谷部の旦那との手合せも考えると、ありゃ絶対に疲れてなんかいねぇな。半分遊んでるみてぇだったし。
…あんな細身で肉体的にも相当強いお人らしい。



薬「…………」



大将について感じてた疑問は半分くらいは解消した。だがもう半分というか…、今回わかったことも含めて新たに増えた疑問がある。

あの時…前任の部屋に初めて訪れた時、あんなにも苦しそうに呼吸を乱したのは何故だ?

単純に気持ちの悪い物を見ただけであそこまでなるとは考えにくい。これまでの大将の淡々とした態度を見ていれば、あの時の彼女は異常なまでに取り乱していた。

それに…



薬「(大将の…本当の家族は…?)」



大将の話の中で出てきた血の繋がってる家族は妹のシロだけのように思う。鈴城家の血は流れていないだろうし、真黒と瑠璃の兄妹とだって養子に入らなきゃ他人の筈。

それなら、大将とシロの両親は?

だがそれを知るには、大将が政府に入る前の過去を知る必要がある。養成所に入ったのが十五の時だと言っていたから、それまでの十五年分か。

…憶測でも明るい過去だと思えねぇのは何故だろう?

日常で大将の笑顔を見てねぇからか?そもそも何故大将は笑わない?
「よろしくお願いします」と言った時も、「大丈夫です」と安心させる声音で言った時も、今剣に手を振っていた時も…。一度として笑顔を見せなかったのは…



薬「(………笑わないんじゃなく……笑えない…?)」



もし俺の考えが当たっているのなら、大将の十五までの過去の中に…大将が笑顔をなくしちまう何かがあった?



薬「はぁ…」



……駄目だな。悪い方向にばかり考えがいっちまう。
笑っていようがいまいが、あの人は俺の大将だ。誰が何と言おうとそれは変わらねぇ。

俺が認めた…綺麗な瞳を持つ大将。妹との未来の為にと…真っ直ぐに前を向く、負けず嫌いな人の子。



薬「(…大将……)」



胸の奥から感じる大将の霊力と同じものが、このお守りからも感じられる。それを額につけて目を閉じれば、さっきの光景が頭に浮かんだ。



『…どうか…″薬研藤四郎″が…、無事、この本丸に帰って来れますように…』




桜の木の下で。俺の目の前で祈りを捧げてくれた時、本当に…心の底から嬉しく思ったんだ。この人が来てくれて良かったと。大将がこの人で良かったと。
勿論、ああして祈りを捧げてくれたのは俺だけにじゃない。だが刀剣一人一人にここまでしてくれる審神者なんて、大将以外にいるんだろうか?



薬「(大事にしねぇとな…)」 



お守りも。今こうしている平和な時も。何より、この時間を作ってくれた大将も。大将の大事なものも全て。



薬「なぁ、大将。なんで″他言無用″なのに俺っちには教えてくれたんだ?」


『…何故、でしょうね?』


薬「……俺が変に聞いちまったからか?」


『それは違います。もしそうなら、今頃私は話したことを後悔しているでしょう』


薬「じゃあ…」


『……薬研は…この本丸で、初めて私を″大将″って認めてくれました。だから……』



…今日、大将が俺に一部でも過去を教えてくれたのは、少しは頼ってくれてるってことで良いんだよな?
″約束″と言って絡めた小指を見ると胸が熱くなる。



『…薬研になら…。貴方なら、素の私を見せても受け止めてくれるかなって。無意識にだけど…そう思ったのかも…ね』




初めて敬語を取って話してくれた大将の言葉。
あの時、確かに大将は微笑んでいた。

端から見ればいつも通りのただの無表情だが、ほんの僅かに口角を上げた、儚くも美しい微笑。たったそれだけのことなのに息が止まりそうな程に驚き、そしてこの上なく嬉しかったんだ。
俺だけに見せてくれた大将の笑顔を。大将の本心を。思い出すだけで胸の鼓動が速く煩くなりやがる。

──強くあろうと…「負けない」と口にする、負けず嫌いなあんたを守りたい。



薬「俺は何があってもあんたの味方だからな。大将?」


 

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