『私の…全ての過去を打ち明けます』
『ただし、その内容は貴方たちの心の傷を抉るものも含まれています』
『聞くに堪えられなくなった時は席を外してくれて構いません。今現在、私の過去に興味が無ければ部屋に戻って休んでいてください。聞かなかったからと咎めるつもりはありません。…でも、これを話すのは今夜限りです。聞くも聞かぬも、皆さんが個々に決めてください』
そう前置きした大将に対し、俺たちは誰一人として席を立つことはなかった。これまでずっと気になっていた己の主の過去。それを大将自らが語ってくれるというのに、誰が否定などするものか。
夕方、真黒の旦那に促されたから語ろうとしているだけではないのだろう。それ以前に、大将は両親について話したいと言っていたのだから。前々から話そうとは思っていたようだが、なかなかきっかけというものは無かったからな。
でも、これで漸く聞ける。
大将が今までどう過ごしてきたのか。どんな経緯で審神者になったのか。
大将は俺たちに礼を言うと、本を読み聞かせるような優しい声音で静かに語り出した。
『十八年前のことです。私はシロと双子の姉妹としてこの世に生まれました』
加「ふ、双子!?主、双子だったの!?」
『はい。私が先に生まれ落ちたので一応"姉"ということになります。父も母も、私たちの生誕をすごく喜んでくれました。何でも半分こして喧嘩もしない…。物心ついた頃には両親に"クロ"、"シロ"と呼ばれて愛されていました』
鶴「主はその頃からそう呼ばれていたのか」
『この渾名で呼ばれたきっかけは、母が読み聞かせてくれた絵本だったんです。黒い仔猫と白い仔猫の仲良し兄弟の物語で、「まるで貴女たちみたいだね」って言ってつけてくれました。確か…、二歳の時ですね』
薬「よく覚えてるな、そんな小さい時のこと」
人間の一番古い記憶は個人差もあるだろうが、二歳とはまた幼いな…。
…"大将たちだから"とか言ったら納得しちまう気もするが。
『印象の強いことは意外と覚えてるものですよ。その絵本、父が誤って土足で踏んでしまったことがあって、その時のシロの怒りようは凄かったです』
乱「主さんは怒らなかったの?」
『シロを宥めるのに必死で、それどころでは…』
薬「(ああ…)」
大和「(成る程…)」
既に今のシロの性格が出来上がっちまってたのか。昼間のあの怒り方も凄かったもんな。
大将も小さい時から苦労してたんだなぁと、大和守とこっそり苦笑した。
『渾名の由来はそんなとこです。母は私たちと会う度にそう呼んでは頭を撫でてくれました』
懐かしそうに語る大将は瞼を閉じて当時を思い出しているようだが、俺を含め一部の連中は今の語りから違和感を覚えた。
薬「…"会う度"?」
親子ならば毎日会えるのが当然の筈では?
すると大将は瞼を上げ、何を見るでも無く畳に視線を落としたまま続きを語った。
『そう、"会う度"です。母は元々身体が弱かったんです。私たちの出産後、母はずっと病院という医療機関に入院していましたから、会えたのは十日に一度くらいでした。シロも呼吸気管に異状があり、二歳の時からずっと入院していて今に至ります』
前「二歳…」
『私たちが三歳の時、母はそのまま帰らぬ人となりました。二十六歳でした』
大和「…っ」
和「若ぇ…」
若すぎる。人の寿命は長くても百に届くか否かだというのに、その半分にも満たない若さでこの世を去ったのか。大将もシロもまだ幼かったのに、母親として育ててやれなかったのは無念だったことだろう。
…二人も、そんな小さい時に母親の死を受け入れていたのか。
『母は亡くなる前に言いました』
母「クロちゃん…シロちゃん……
私の分も…ちゃんと生きてね……」
燭「それは…」
『"母が生きられなかった寿命の分を生きろ"という意味ではありません。身体が弱いせいで、やりたいことや本当は体験できただろうことも我慢しなければならなかった母は、私たちにそれを託したかった。つまり、"自分の満足できる人生を歩みなさい″ということです。流石にその意味を理解できたのは、もう少し成長した時でしたけど』
それでもその答えに辿り着いただけ凄いことだと思ったのは俺だけではないだろう。
死の間際ってことは遺言だ。しかもそんな言葉遺されたんじゃ、ただ長生きすることだけを目標にしちまうだろうし。
『私もシロも、母の為に頑張って生きようと誓いました。双子なのに一緒にいられる時間が少なかったですからね。いつか一緒に暮らしていけるようにとシロは病と闘い、私はシロが帰ってくる場所になると決めました』
薬「!」
シ『私はクロの為に生きてて、クロは私の為に生きて私の帰る場所になってくれてるの』
シロの言ってた通りだ。双子ってのは心の深いとこで繋がってるんだな。