『第二部隊は遠征の時間ですね。よろしくお願いします、長谷部』


長「お任せください。最良の結果を、主に」


今「あるじさま!バビューンといってきまーす!」


小狐「行ってまいります、ぬしさま」


『はい。行ってらっしゃい』









『………さて、始めるとしましょうか』










──鍛練場にて。



ヒュンッ



薬「隙あり!」


厚「おわっ!?」



突きを避け、意識が向いていなかった足を払えば厚は簡単に転倒する。咄嗟に片手をついて俺へと向き直ったが、その体勢を整える前に顔面に竹刀を突きつけた。



一「そこまで!」


薬「また俺の勝ちだな」



いち兄の掛け声で手合いは終了。

今日は俺、厚、いち兄、宗三、和泉守、刻燿が手合せの日。隣ではまだ宗三と和泉守の旦那が手合せ中だ。



厚「ちっくしょー!あとちょっとだったんだけどなぁ」



悔しそうな声でガリガリと頭を掻く厚にクックッと笑いながら手を差し出し、乗せられた手をグッと引いて立たせてやる。

…こいつ来た当初よりちっと重くなったか?背負って帰った時よりがたいも良くなったな。

まぁ毎日大将や燭台切の旦那の手料理食ってりゃ重くもなるか。この本丸には他にも料理上手が揃ってるし、こうして身体動かしてなきゃあっという間に横に成長しちまうだろう。…俺っちとしては縦に成長したいとこなんだが。

それはさておき、厚の敗因を告げてやらねぇとな。



薬「攻撃が避けられた後の反応が遅かったな。目線が俺から外れることが多かった。いつどんな時でも目の前の敵から目を逸らしちゃいけねぇ」


厚「おう」


薬「だが、突きの速度も踏み込みもだいぶ上がってきた。あとはひたすらに実戦あるのみだろう」


厚「りょーかい!」


薬「よし。次の手合いは…」


刻「ボクだよぉ〜」


一「刻燿、誰とやりますか?」


刻「んーとねぇ、大親友の薬研くんとやりたいなぁ〜。連続だいじょぉぶ〜?」


薬「わかった」


一「!!(薬研…いつの間に刻燿と大親友にっ!)」


厚「(嬉しそうだな、いち兄…。目ぇキラッキラだ)」



刻燿か。こいつとやるのは初めてだ。

さっき刻燿といち兄が手合いしてた時も思ったが、こいつの戦い方は全く読めない。思わぬところで思わぬ方向に攻撃が向き、いち兄を意図も簡単に負かしたのだ。いち兄だって大将が来てから出陣も手合せも何度もこなしてきて弱くはねぇ筈なんだが…。

自分の竹刀を肩に担いだ刻燿はいつものようにへらへらと何考えてんだかわかんねぇ顔して笑いながら、俺から間合いを取って立つ。



刻「えへへ〜。じゃあいくよぉ?」


一「では……始め!!」


バシンッ!!!


薬「っ!!」



…重い。

両者とも合図と同時に踏み込んで竹刀を交え鍔競り合う。俺たちの使う竹刀は依代と同じ丈だ。つまり俺は短刀、刻燿は大太刀の長さがある。

しかも不思議なことにこの竹刀は扱う者によって重さも依代と同じものになるのだ。より実戦に近い状態で、尚且つ怪我をせず手合せが出来るようにということだろう。

どうやら政府はこういうのに掛ける金はあるらしい。



バシッ、ガンッ!!



和「おいおい、すげぇ音すんなぁ…」


宗「刻燿は嬉々として戦っていますね。遊んでいるようと言いますか」





刻「ふふふ〜、楽しいねぇ薬研くん」


薬「いつも楽しそうに戦うよな、あんた」


刻「楽しいよぉ!だってさぁ、こぉして戦うともっともぉっとクロちゃんの力になれるんだよぉ〜?それってすっごく嬉しいことじゃな〜い!」



こいつ大将のことになるとただでさえ豊かな表情がもっと明るくなるんだよな。でも俺に向けられた意識は真剣そのもの。厚との手合いと違って付け入る隙も無い。


大将が悪夢について語った日、刻燿は己がどういった経緯で大将の刀になったのかを教えてくれた。

元々は"ないふ"という果物用の小太刀で、大将の母や祖母の代からずっと共にいたのだと。審神者になった大将の力になりたくて、政府の特殊な技術を借りて大太刀になったと。それを聞いて正直呆れながらも感心してしまった。

下手すればそのまま小太刀に戻ることも無く己が大破していただろうに、こいつはそこまでの覚悟を持って大将を追ってきたのだ。彼女の為なら己自身をも天秤に掛ける。そして刻燿は己の運命に勝ってここにいる。主人を想うところは同じ刀として共感し、己を信じる心は見習わねばと思った。



刻「おっとっとぉ!危ない危ない〜。でも負けないよぉ〜!!」


薬「負けず嫌いなとこは大将譲りだな」


刻「もっちろ〜ん!」



何度も何度も攻防を繰り返す。どれだけの時間を費やしたかもわからない。

もしかするとそんなに経っていないのかもしれないが、一つ一つの攻撃が重くて時間を気にする余裕が無くなってきた。



薬「はっ!」


刻「おおっとぉ!」



二人して珍しく息が上がり、そろそろ終わりにしなければと力の限りに打ち込む。しかし刻燿もそう簡単には一本とらせるわけがなく、俺の力をいなすようにスルリと身を捩らせる。

…さすがは大将の大太刀。戦い方も大将そっくりだ。



刻「へへ〜、いっくよぉ〜!」


薬「!」



互いに間合いを取った直後、刻燿は大太刀とは思えぬ速度で踏み込んできた。ガツンと上から振り下ろされた重い一撃をギリギリで受け止めたが、それはすぐに軽くなる。目の前から刻燿が一気に下がったのだ

突然のことに受けた力の行き場を無くして前のめりになり、しまったと冷や汗が滲み出る。ここで叩かれれば俺の負けだ。



薬「っ、は…?」



しかし攻撃などどこから来ることもなく、刻燿は身構えていた俺から距離を置いてあらぬ方向へと意識を向けていた。



薬「刻燿?」


刻「ごめん、ちょっと待って」



先程までの間延びした口調もニマリ顔もせずに紡がれた言葉。こいつがこんな表情をするのは初めて見る。

それに疑問を抱く間もなく、それは来た。



ビュォォオンッ!!



薬「っ!?」


厚「うおあっ!!?」


和「な、なんだぁ!!?」



突如として吹いたそれ。ただの風だというには明らかにおかしい強さだ。…和泉守と宗三の髪が大変なことになっている。

その風はすぐに止んだが俺たちはいきなりのそれに頭がついていかず、鍛練場は静寂で満たされた。


 

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