「…わかりました、では妹さんについてはそれで。残る問題は貴女のその瞳…、刀剣男士と血の契約を交わしましたね?」


薬「!」


『はい、それが何か?』



嘘吐いたって仕方の無い事実だ。素直に肯定すれば役人はまた何かを企んでいるらしい笑みを浮かべた。

でも額には冷や汗。そう長くは続かないだろう。



「困るんですよ、そういうことをされると。彼らは付喪神。審神者が神隠しされて勢力が減ることを我々は危惧しているのです」


『それで?』


「貴女には新たなチョーカーを作り着けて頂きましょう。これまでより強力な、簡単には神隠しされない術式を施したものをね。ご安心を、私生活への影響は出ないように調整致しますから」


和「はぁああ!!?」


長「黙って聞いていればふざけたことを…!」


燭「ちょ、長谷部くんも落ち着いて!」



今にも飛び掛かりそうな和泉守を堀川に加えて加州と鳴狐も抑え込む。長谷部もギリギリ抑えているけれど、批判を述べるのは彼らだけではない。

乱や五虎たちは言葉こそ出さないけれど口を引き結んで拳を握っているし、静かに殺気を漏らしている左文字兄弟もその眼光だけで射殺せそうだ。

そんな彼らの様子に不謹慎にも胸が心地よく鳴るのは嬉しさからか。前まではこんな大人たちの中で一人で戦っていたのに…。想ってくれる人がいるだけでとても心強い。負ける気がしない。



薬「そうしてまた大将を縛り付けんのか」


「おや?同じ瞳ということは契約者は薬研藤四郎ですか。過去にも他本丸の貴方に見初められ神隠しされた審神者は少なからずいましたからねぇ。まぁ他の男士よりは少ないですが、貴方も例外とは言えない」


薬「…そうかい。なら、お望み通りあんたらの手が出る前に大将を駆っ拐っちまうのが吉か」


「は?」


『薬研?』


薬「これまで審神者を神隠ししてきた俺だって、あんたら役人から己の主を守るためにしてきたんだろうな」



不敵に笑った薬研は依代を鞘に納めながら私の前まで来ると、自然な動作で腰に左腕を回し右手は私の顎に添えてクッと上向かせた。

当たるんじゃないかというくらい間近には薬研の綺麗な顔。同じ色の瞳が妖艶に揺らめいて私を見つめる。



薬「やっと大将を縛る首輪を外してシロも取り戻したんだ。また自由が奪われちまうってんなら時の政府の手が届かない場所まで俺が拐う」


『薬研…』


薬「尤も、大将は物じゃねぇんだ。今のはあんたがそれを望むならの話だがな」



ほんの一瞬、彼は悪戯っ子のような笑い方をした。
つまりこれは役人たちへの脅しだ。やろうと思えばすぐに神隠しできるのだと。意地悪いことをしますね。

…楽しそうですし、ここは悪乗りしてみようか。

彼に応える為、私からも腕を伸ばして彼の首へと回す。少し驚いた顔をされたけれどすぐまた私を支える腕に力が入った。



『貴方が私を望んでくれるのなら、喜んで』


薬「決まりだな」


「ッ!ガキどもが!!そんなことさせるか!!」



ガキどもとは失礼な。私はガキですけど薬研はかなり歳上ですよ。彼からすれば貴方も赤子同然でしょうに。

逆ギレした役人たちはザッと広がって印を組む。今度は力業でどうにかしようと…。敵なのか味方なのかハッキリしてほしいところだ。

薬研から離れ、憐れむように目を細めれば少したじろいだけれど戦闘体勢は崩さない。



「ここにいる役人は私だけではありません。たかが一人の付喪神ごときが我々の術から逃れられると思わないことですよ!」


薬「それが一人じゃねぇんだなぁ。だろう?」


鶴「おうよ!俺たちだって主を守る為なら何だってするぜ?薬研が主を神隠しすることで守られるんなら全力で援護してやる!なぁ、一期?」


一「ええ、勿論。私も二人の兄として戦う所存!」



おやおや、一期たちまで悪乗りして。

楽しそうだから構いませんが、これ以上お怪我しないように気を付けてくださいね?したら勿論治しますけどね。



瑪「あはは!ほんとクロちゃんとこは血気盛んだねぇ。今さっきまで戦ってたのに」


翡「そんだけクロネコが大事なんだろ。…そろそろだな」


瑠「何が?」


翡「来客」



来客?

誰かを呼んでいるのかと翡翠さんたちの会話に耳を傾けつつ役人たちと対峙していると、彼らの背後にある鳥居の先の景色が揺らめいた。



「お待たせして申し訳ありません」


「!?貴女は…!」



岩融と共に現れた一人の女性。静かに頭を下げた彼女は見覚えがあった。



『亜弥ちゃんのお母様?』


「はい。お久し振りですね、クロさん。翡翠さん、ご連絡ありがとうございました」


翡「いや。来てくれて助かった」



お祭りの迷子探しで出会った審神者さんだ。どうやら来客とは彼女のことのようで、翡翠さんが連絡をとったようだけれど…。

でも何故彼女をここに?
助かったとは一体…?

二人を交互に見ていると声を発したのはあの役人だった。



「な、何故貴女が…。ここは貴女が来るような場所では…」


「何故私が来てはいけないのです?何か不都合でも?」


「い、いえっ、滅相もない!」



…話が見えません。明らかに役人の方が歳上だし地位だって審神者と役人では役人の方が上だと思うのだけど、どうもそのやりとりは逆のようだ。

訳がわからずにいると察してくれたらしい彼女の岩融が私たちの元へと来てくれた。



岩「久しいな。あの祭りでのことは今でも感謝しているぞ!」


薬「岩融の旦那、あれどういうことだ?あんたの嫁さんってお偉いさんなのか?」


岩「いいや、普通の審神者だ。ただまぁ、知っての通り俺の嫁で眷属化も神域入りも済ませている。要するに歳は若くして止まったままだ」


『!ということは、あの役人たちよりも?』


岩「上だな。普通に歳を重ねていればもうすぐ卒寿だ」


薬「そ…!?」


『卒寿…、九十歳?』



とても信じられない。見た目は三十歳くらいの美人さんなのに九十歳とは…。

でもそうか、そんな若い頃に歳を止めたからこのお姿な訳で、実際は経験豊富なベテラン審神者さん。役人たちも彼女の実績を認めていて尚且歳上ともなれば腰も低くなるのだろう。



『じゃあ、彼女をここへ呼んだのって…』


翡「クロネコが着けてたチョーカーは外すと政府に通達が届く、謂わば発信器付きの首輪だ。戦いが終わればあいつら役人が小言言いに来んのは目に見えてたからな。味方は多いに限る」



だから私たちよりも大人で役人さえも圧倒させる審神者である彼女を呼んだのだと言う。彼女ならば味方になってくれるだろうと。


 

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