宗「……ん…(……朝…ですか)」



まだ誰も起きていないある日の早朝。いつもなら朝餉の時間ギリギリに起きる僕は、この日に限っては誰よりも早く目を覚ました。

別に今日は食事当番でもなければ朝から出陣するわけでもなく、非番だと聞いています。
なのに何故こんなにも早くに身支度をしているかというと、ある人の身を案じて…と言えば大袈裟かもしれませんが、僕なりの気遣いで昔馴染みの同胞を起こしに行く為です。



江「……早いですね、宗三…」


宗「!兄様。起こしてしまいましたか…」



着替えている背後で聞こえてきた江雪兄様の声に肩を跳ねさせた。

静か過ぎる部屋に兄様の声は逆に驚きますよ…。心の臓に悪いです。
という言葉を飲み込んで訊ねれば、兄様は上体を起こして隣で眠るお小夜の布団を掛け直した。



江「お気になさらず…。行くのでしょう?」


宗「ええ。これは僕にしかできないことですから」


江「そうですね。私はお小夜ともう少し眠ります」


宗「はい。おやすみなさい」



再び布団に入り目を瞑る兄様。
眠っているお小夜まで起こさないように衣擦れの音にも細心の注意を払い、そっと襖を開けて部屋を出た。

あの二人はもう起きているでしょうか?
それなら僕は必要ないんで二度寝するんですがね。

小鳥の囀りを聞きながら、誰もいない廊下を進んで辿り着いた広間。静かに襖に手をかけてゆっくりと開き、見下ろせば転がっている二人の内の片方と目が合った。



薬「!宗三…」


宗「おや、起きていましたか。おはようございます、薬研」


薬「……、おはよう」



挨拶すれば薬研は戸惑いながらも挨拶し返す。

状況が全く把握出来ていないようですね。何しろ、ここは本来薬研が眠る近侍部屋ではなく広間ですし、寝間着姿でもないのだから。

更に…



宗「主はまだ眠っているようですね。いつもより早い時間ですし当たり前ですか」



薬研の腕を枕に寄り添う形で眠っているのは僕らの主だ。二人の傍らに座り顔を覗き込んでも、すやすやと安心したような表情で眠る彼女はまだ目覚めそうにない。

本来、主は僕らの足音一つで誰が来るのかを見抜く程に勘の優れた人だ。彼女のこんな無防備な寝姿は、やはり一番信頼を置ける薬研が隣にいるから見られるのだろう。

まるで幼子のような寝顔ですね。ずっと見ていても飽きさせないとは、さすがは僕らが認めた主と言ったところでしょうか。いつだったか癒しという言葉は主の為にあるのだと長谷部が言っていましたが…、確かに癒しですね。こればかりは長谷部に同意できます。時折薬研に擦り寄っていて、本物の猫みたいです。



薬「…宗三。悪いんだが…」


宗「何故、広間で貴方と主が一つの毛布にくるまって眠っているのかわからない…。と言いたいのでしょう?」


薬「お、おう…」



気まずそうに言う薬研に予想していた疑問を先に出せば、彼は主に視線を移して頷いた。主も薬研同様に昨日の衣服のままですし、さも当然のように眠っていますからね。それは疑問でしょう。



宗「そう思ったから、わざわざ僕が主よりも早起きしてここに来たんですよ。その様子だと貴方、昨夜のことを何も覚えていないってことですかね?」


薬「昨夜…?」


宗「良いですよ。全部語って差し上げます。まだ主も皆も目覚めないでしょうしね」



さて、主が起きない内に話してしまいましょうか。
主と薬研がどうして広間で眠っているのか、そのわけを。


 

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