──昨夜。

時間にして二十時頃でしょうか。全員いつもと何ら変わり無く夕餉を終え、食後の甘味…わらび餅を戴いていたんですよ。主は上座に最も近い位置に座り、彼女の隣は長谷部でした。

ご存知の通り、その席は毎食ごとに交代していますからね。待ち望んでいた長谷部の嬉しそうな顔と言ったら…、まるで散歩に行く主人の様子に目を輝かせる犬のようでした。


ま、忠犬の話はさておき。先程も言ったように、食事風景はいつもとさして変わり無かったんですよ。

……ここまではね…。



次「はぁ〜あ……」


太「何です?溜め息とは珍しい…」



酒を煽っていた次郎さんが、大きな溜め息を吐いたんです。酒が尽きたわけでもないので、太郎さんが言うように彼にしては珍しい溜め息でした。

食後でしたからね。皆それぞれお話ししたりお風呂の交代を呼びに来たりと煩かったので、お二人の会話が聞こえていたのは、近くに座っていた僕ら左文字くらいでしょう。主のお席は奥側ですし長谷部と翌日の出陣のことなどを話していましたから、彼女にこちらの会話は聞こえていなかったと思います。



次「な〜んか最近もの足んないんだよねぇ。花見酒も終わっちまったし」


太「酒の肴が…ということですか。燭台切殿のつまみがまだ残っているでしょう?」


次「そうだけどそうじゃなくて!アタシは目の肴が欲しいの!」


太「お前は花より団子…花より酒でしょう?」


次「言い直さなくて良いから!アタシだってたまにはそういう時があるってこと!今年の桜も見事だったしさぁ…」


太「それは確かに」


次「はぁ〜あ。主にもっかい桜咲かせてもらおうかな」


太「主に余計な仕事を増やすんじゃありません」


次「えぇ〜、ちょ〜っとくらい良いじゃな〜い」



こんなに話す太郎さんも珍しかったですね。
何の話かと思えば酒の肴についてでした。

今はまだ春ですけど、桜は既に散って緑が多くなってきましたからね。月明かりがあっても花が無ければ庭はほぼ暗闇ですし、月見酒をしようにも新月でしたから不可能です。次郎さんの気持ちはわかりますけど、流石に酒の為に主の手を煩わせるのは僕もどうかと思いました。

それは勿論、貴方も同じでしたよ。



薬「次郎の旦那。新しい酒とつまみ持ってきてやったからこれで勘弁してくれや」


次「あー薬研!良いの持ってきたじゃないか!じゃあ一緒に飲も飲も!」



燭台切さんの最新作だというつまみと酒瓶を持って、貴方は次郎さんの相手に行ったんですよ。次郎さんが主に無茶なこと言わないようにという配慮だったのでしょう。

次郎さんの機嫌も良くなりましたし、僕らもこれで一安心だと思っていたのですがねぇ…。暫くするとまた次郎さんから不満の声が上がったんですよ。



次「ちょーっとちょっと薬研くぅん?全然酒が進んでないじゃないか」


薬「そうか?これでも飲んでるぜ?」



薬研、貴方殆ど飲んでいなかったですよね?
恐らく貴方の中で"近侍だから"という制限をかけて唇を濡らす程度にしか飲んでいなかったのでしょう?

貴方とは飲み交わしたことがありますから僕にはすぐわかりました。次郎さんも酒豪ですからね、勘づいてしまったようです。



次「いいや!絶対飲んでない!なにさアタシの酒が飲めないってのかい?」


太「次郎やめなさい。流石に飲みすぎですよ。薬研殿もこんなにお付き合い頂かなくても…」


薬「いやいや、気にすんなって太郎の旦那。
悪かったな、次郎の旦那。ほら、俺の杯はもう空だ。注いでくれるかい?」


次「おお!そうこなくっちゃ!」



そうして、貴方は次郎さんにとことんお付き合いしたんですよ。太郎さんは酔いが回りすぎる前に席を外してお風呂に向かわれ、その間も貴方たちはずっと飲んでいました。

でも、限界が近づいてきたのでしょうね。貴方もお酒に強い方だというのに頬は赤く、瞼も落ちかけてきたんです。なのに次郎さんはまだ飲めと言うのですから呆れますよね。



江「いくら酒に強いとはいえ、あの飲み方は……」


宗「ええ。ちょっとまずいかもしれませんね…」


小夜「…僕、主に知らせてくるよ」



江雪兄様とお小夜まで心配する始末。言ってる間に貴方は卓上に頭を打ち付けていました。自制してた貴方はどこへ?

お小夜から事の次第を聞いた主(と忠犬長谷部)は速やかに席を立って貴方たちの元へ向かいました。その場にいた燭台切さんや鶴丸さん、加州さんに和泉守さんも気にしている様子でした。



『随分飲みましたね、二人とも』


次「んぁあ〜あるじぃ〜。あるじも飲もぉ〜?」


長「馬鹿を言うな。主はまだ未成年で飲めないとわかっているだろう?ほら立て、部屋まで歩くぞ」


次「えぇ〜!もぅちょっとくらい良いじゃないかぁああ!!」


太「まだ飲んでいたのですか。次郎、いい加減になさい」



ちょうどお風呂を済ませてきた太郎さんが戻ってきたことで、次郎さんも少しだけ大人しくなりました。まだ少し駄々を捏ねていましたけどね。

長谷部と一緒に部屋に運ばれていくのを見て僕と兄様はやっと一息吐けたんです。無意識に心労が溜まっていたようですね。

…でも、問題はまだ解決していませんでした。



『薬研、私がわかりますか?』


薬「んん…、たぃ…しょ…?」



主が貴方の隣で顔を覗き込んで確認をとらなければならないくらい、貴方の意識は朦朧としていたのですね。

そんなに飲んで…、結局主に手を焼かせるとはと貴方にも呆れていた時でした。



『お水、飲めますか?』


薬「たいしょ〜」


『はい?』


薬「……、…」


『?え…ちょ…っ』



頭を上げた貴方は主に凭れ掛かり、支えきれなかった彼女は押し倒されてしまったのです。主が持っていた水は卓上に溢れ、全員の気は当然主と薬研の方に向きます。

そして…



『んむ…っ!』



押し倒した勢いのまま、貴方は彼女の唇を塞いだのです。

主もさぞ驚いたことでしょう。何せ貴方はこれまで、僕らの前でそういうことは一切しなかったのですから。主が状況を把握するのに遅れたことと同じように、僕らもすぐに動くことは出来ませんでした。



『ゃ…げ……っ、はっ……待…っ』



すぐに放すかと思いきや、更に深く口付けられて主の声は貴方に呑み込まれました。貴方は押し退けようとする彼女の手に手を絡め、身体で押さえ付けて身動きも取れなくしたのです。
貴方の下でもがく彼女を見て皆ハッと我に返りました。



加「わぁああ主が窒息しちゃう!!」


燭「薬研くん薬研くん!そのままじゃ主が息出来ないって!」


鶴「おいおい薬研!見せつけんのも大概にしろよ!」



加州さんと燭台切さん、鶴丸さんが駆け付けようとした時、スパンッと襖が開いたんです。
そこにいたのは忠犬般若…。
…あ、間違えました。忠犬長谷部でした。



長「主に何をしとるか薬研ッッ!!」



体当たりで主の上から貴方を退けようとした長谷部でしたが…



ゲシッ!!


長「グハッ!!」



貴方の蹴りで呆気なく吹っ飛ばされました。しかも机の角に頭をぶつけて気絶するという…ね…。
まぁ、一番騒がしいのが即退場したのは良かったと思うべきでしょうか。



『ふ…っ、んぅ……んんっ、…っ…』



なんてしてる内に貴方は角度を変えながら主の唇を隙間なく塞ぎ、彼女の目には酸欠で涙が溜まっていました。これ以上続けさせては本当に彼女が窒息してしまいます。なので僕が一発ガツンと貴方の頭を打って差し上げようかと後ろで構えた時、やっと貴方は主の唇を解放したんですよ。

それもまた、僕らに見せ付けるように彼女の唾液を舐めとりながらね。



薬「……………」


『!や…げん?』



主の瞳を見つめながら何かを囁くと、貴方は糸が切れたようにそのまま眠ってしまいました。彼女を抱いたまま…、彼女の上から退かずにね。


 

ALICE+